学校に入ってもう結構な月日が過ぎた。勉強云々はまだまだダメで半ば諦めぎみだけど、寮の生活や学園での生活には慣れてきた。8畳くらいの部屋だけど、一人で生活するには十分な広さ。部屋の中も少しずつ荷物が増えて今では結構居心地が良い。小さいけどキッチンやお風呂、トイレもそれぞれの部屋に完備されているし、生活するのに不便はない。



「……まじか」



思わず漏れてしまった独り言。原因は目の前のこれ…――お風呂。実は十数分前からずっと格闘していたお風呂。事態は深刻だ。お湯がでない。取り敢えず寮長に電話をしてみれば「今日は時間が遅いから明日確かめて業者を呼ぶから今日は下のお風呂で我慢して」と言われた。下のお風呂っていうのは、温泉施設のことだろう。流石金持ち学校。使うのは自由でお金も掛からないんだけど、やっぱり学校の敷地内に温泉施設があるってどうなんだろう。何だか気が引ける。今まで使わなかったのもそのせいだ。だけど今日は仕方ないらしい。時間も遅いし誰も使っていない、といいんだけど。小さく溜め息を吐いて、取り敢えず着替えを準備して私は寮から少し離れた温泉に向かった。
時間も時間だ、当然他のお客さんはいない。でも時間も時間だから、男女別のお風呂は締め切られていて空いているのは混浴だけ。…いや、誰も来ないと思うんだけど、っていうかそうでないと困るんだけど。


( 広いなぁ、温泉… )


お湯に浸かりながらそんなことを思う。温泉ってだけあって色んな効能があるらしく、お湯は白い。それに部屋のお風呂よりも身体が温まるような気がして、意外といいかもしれない。また来ようかな、なんてそんな事を呑気に考えていると脱衣所から聞こえてくる声に、なんだかちょっと危険な予感。聞こえてくる声が、そう、ちょっと低めで。



「先客おるみたいですね」

「そんなん別にええやろ…」

「女の子やったらええのになぁ」



嫌な予感が見事に的中している。まさか、ね、男の子だけどまさかあの、京都組3人だなんて。危険を察知した私は瞬時に背を向けたから、3人は私が私だって気付いていないし、そもそも私が「女子」だって言うことに気付いているかも分からない。温泉から立ち込める湯気が視界を邪魔しているから、少し離れた距離からじゃわからないのかもしれない。少しずつ3人が近付いてきているのを感じて、緊張が高まる。



「…え、」

「………お、い」

「……女の子?」



ピタと止まる足音。戸惑うような3人の声が耳に入り、どうやら気付いたらしい。私が女の子だって。振り返る勇気は無くて、私は何も言わずに肩までお湯に浸かってじっと動けない。こういう場合にどう対応すればいいのか分からないのだ。
様子は分からないけど、3人はソワソワとしているのか小声の会話が聞こえてくる。内容までは分からないけどなんかちょっと焦っている様子の勝呂くんと三輪くんの声が聞こえた。その辺、志摩くんは流石と言ったところだろうか。…なんかもうどうでもいいけど、湯船に浸かりっぱなしも熱い。



「ゴメンな、女の子って知らんかったから入ってきてしもたけど…」

「…あ、いや……もう上がりたい、な…なんて…」

「わ、わ、悪かったな今出るから逆上せる前に上がってこい!」

「ほ、本間すみませんでした…」



なんか逆上せてきたかも、なんて思っていると3人はそう言って出ていく。更衣室から聞こえてくる会話がさっきよりも大きくて、勝呂くんの余りに大きな声に思わず口許が緩んだ。何と無く遊んでそうな風貌ではあるけど、勝呂くんって意外とこういうの苦手なんだよなって。それは普段の行動や対応で何と無くわかってたけど、ね。
三人が出ていったところで私もお湯から上がり、着替えを済ませた。外から三人の声が聞こえてきて、待ってるのかなと思って扉を開けると、目が合った3人は驚いたように目を見開き、勝呂くんと三輪くんは薄らと頬を染めている。



「え、おまっ…」

「何やむむむさんやったん!」

「な、なんかすんません本間に…」

「あ、いや私こそ、なんかごめん。待たせちゃって」



じゃあ、と私は早足でその場を去る。理由は幾つかあるけどやっぱり何と無く恥ずかしかったから、だ。ほとんど見られてないとは思うけど私も高校生で年頃な訳だしやっぱり。私も女の子なんだなぁなんて場違いな事を考えながら、部屋に戻って濡れたままの髪をタオルで乾かした。


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