いつもとなんの変わりもない日常。1日のうちで私は一体どれだけの時間勉強をしているんだろう、ってくらい教科書を開いている時間が長い。疲れたけどそれを言える相手もいなくて、今日も溜め息を吐きながら塾の教室に入った。



「あ…お、おはよう!」

「おはよう」



教室の扉を開けてそこに居たのは杜山さんだった。辺りを見渡してみても、いつも誰よりも先にいる勝呂くん達がいない。いつもの席に鞄を置いてそこに座る。携帯を開いてみたり宿題をチェックしてみたり、いつものように時間を潰す。するとチラチラ、感じるのは杜山さんの視線。綺麗に着られた着物の裾をキュッと握り締めながら、目が合うと恥ずかしそうに視線を逸らす。何度かそのやり取りをして、どうしたの?と聞くと顔を真っ赤にした彼女が驚いた表情で私を見た。



「あ、あの…その…」

「……?」

「……お、お…お話、し、してくれませんか……あの…」



キョロキョロと視線を泳がせながら意を決したようにそう言った。いいよ話そう、そう言って私は杜山さんの隣の席(いつも奥村君が座ってる席)に移動をした。



「あ、お腹空いてない?」

「え、あ…あの…」

「私お菓子持ってきてるから一緒に食べよう」



ね、と彼女に笑いかけると、やっぱり真っ赤な顔で大きく2回頷いた。鞄に入ってたお菓子を持ってそれを渡すと、ありがとうって可愛らしい声で返事が返ってくる。そして一口食べて「美味しい」と、そうキラキラした瞳で私を見詰めていた。



「こういうお菓子って、あんまり食べなかったりする?」

「う、うん、あの…私、おやつっていつも和菓子だから…」

「へぇ…凄いね。私、和菓子なんてほとんど食べたことない」



杜山さんは不思議だ。すごく可愛らしいんだけど、纏っている雰囲気が独特。天然の子なのかもしれないけど彼女は、とにかく真っ直ぐで、そして白を通り越して透明なんじゃないかっていうくらいに素直で純粋なんだと思う。
…そして私は、そんな彼女に対してほんの少し。少しだけ、羨ましい、とそう感じている。私の腹の中は彼女と違ってきっと黒に近いグレー。嫉妬とか愚痴とか、そんな醜い気持ちばっかり。



「あ、あの、美味しいよ?和菓子、あの…」



モジモジと、また着物の裾をキュッと握り締める。その仕草ひとつひとつが、彼女らしくて愛らしい。可愛いな、なんて思いながら杜山さんを眺めていると、あの!なんて大きな声を張り上げる。



「わ、和菓子、うちにいっぱいあるの、お…お母さんが、そういうの好きで」



あの、とかその、とか言葉につまりながら少しずつ言葉を紡いでいく。友達がいない私にとっては数少ないコミュニケーションで、だけどそれはきっと杜山さんも同じなんだろうなと思った。その慣れてなさと緊張っぷりは私以上だ。



「よ、良かったら今度、い、一緒に…た、食べ……食べ、ませんか…?」



力強かった言葉がどこへやら。しゅんと下を向いてしまった彼女が紡いだ言葉は今にも消えてしまいそうなくらい小さかった。ポカンとした私に、杜山さんは何故か何度も謝ってくる。謝らないで、って言うと彼女はそれにもう一度ごめんなさいと呟いた。



「ありがとう、嬉しい」

「…え!あ、あのじゃあ…」

「今度、一緒に食べよ」

「……うんっ」



途端にキラキラした表情になり、そして安心したようにふにゃっとしてしまう。それから杜山さんは豊富な和菓子の知識を沢山披露してくれた。あのね、とかそれでね、とか。少し興奮気味の杜山さんに、私は少し笑ってしまう。



「私もお菓子、沢山持ってくるね」



一緒に食べよう、と。
その言葉を続けると杜山さんは、また2回、大きく大きく頷いて、そしてニッコリ、まるで太陽のような、ひまわりのようにキラキラした眩しいくらいの表情で笑って見せた。


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