ここは山の中。塾の実習で来た山の中で、運悪く私は迷子になった。最初は集団行動で歩いてたんだけど、周りの見慣れない景色に気をとられていた私は見事に置き去り。ああどうしよう、なんて何処か他人事に思いながら歩いた道は険しくなるばかり。諦めかけたときに辿り着いた、少し広めの平地。真ん中にポツンとある岩に腰を下ろして、出るのはため息だった。
開いた携帯は当然のごとく圏外。空に向けて、太陽に向かって携帯を掲げてみてもそれは変わらない。諦めて携帯を閉じると、何だか本当に一人になったんだと急に不安になった。それと同時に、寂しくなった。

辺りを見渡してもそこには草木しか生えておらず、上空を飛んでいく鳥を眺めてはため息ばかり。時間の感覚がわからなくて携帯を開くと、さっきからまだ10分くらいしか経っていなかった。痛いなぁと思っていた足からは血が滲んでいる。いつ怪我したのかも分からないけど、本当に独りな気持ちになって、少しだけ泣きそうになった。
お腹すいた、とか喉乾いた、とか。思っても私の手元にあるのは携帯電話だけ。そんなに長時間の実習になる予定はなかったし、荷物は気を遣ってくれた志摩くんに持ってもらっていた。なんだかなぁ…。このまま誰も来てくれないんじゃないかと、思うとまた不安になった。

遠くから声が聞こえたきがする。あれからもう一時間。携帯の電池ももうすぐ無くなる。ガサガサと、草木の間から聞こえる音に不安になる。実習で来ているくらいなんだから当然、この森に悪魔はいる。大きくなる音…―――それから、声。



「むむむさん!」



振り向いた先には奥村先生。バッチリ目が合うと、先生は険しい表情のまま私のところまで駆け寄ってきてくれた。大丈夫ですか?と、そんな問いに私は頷く。どうやらずっと探してくれていたらしい。見付かって良かったです、と安心した表情を浮かべた彼に私の気持ちは落ち込んでいく。勝手にはぐれて、恐らく実習どころじゃないんだろう。そう思うと申し訳なくて、私は俯いた。



「すみません。せっかくの実習なのに、私のせいで、」

「そういう事を言っているんじゃない!」



びっくり、して。私は思わず奥村先生を見つめる。こんなに声を荒げた先生を見るのは初めてで、それでも先生は険しい顔のまま私を叱る。



「実習は仕方ありませんし、他の生徒も実習なんかより貴女の心配をしています。実習が出来なかった事を申し訳ないと思うより、自分の事を心配してください!この森は広い、今回は見つかったから良かったものを…もしもの事があったらどうするんですか!」



勢いに押されて何も言えなくなる私に、先生はハッとして「すみません」と謝った。熱くなるなんて先生らしくない。だけど今回は、私が悪いって分かってるから私はやっぱり俯いた。



「…足を怪我しているようですね」



身に付けているポシェットから救急セットを取り出し、私の足の手当てをしてくれる。少しだけ染みたけど、今は私の胸の方が痛い。罪悪感でいっぱいだ。



「歩けますか?」

「大丈夫です」

「…他の生徒には、先に戻ってもらっています。私たちも戻りましょう」



穏やかになった声に私は頷く。先生は私を気にしてくれながらゆっくりと歩いてくれる。はぐれないようにしなきゃ、と、私はただただ歩くのだ。



「下を向いて歩くのは危険です」

「…はい」

「……私は心配していただけで、むむむさんを怒っているわけではありません。少し感情的になってしまいましたが…それは貴女が心配だったからです」



立ち止まった先生が、私を振り返り優しい表情でそう言った。伸びてきた手が私の髪をそっと撫でる。すみません、そう言うと先生はいつもと同じように苦笑いを浮かべ、ありがとうございますと呟くと、今度はまた優しい笑顔で帰りましょうとそう言った。


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