時間は放課後、教室には部活のない数人の生徒が残っている。
私も持って帰らなきゃいけないプリントや筆箱、宿題をカバンに入れて帰る準備。
チャックを閉めて、さあ帰ろうって顔を上げる。
「…ぁ」
「悠太は?」
「悠太くん…松岡くんが迎えに来てたから部活…じゃない、かな…?」
「……そーですか」
リュックを背負った祐希くんが、悠太くんを訪ねてきていた。
悠太くんはチャイムが鳴ってすぐ、松岡くんと一緒に教室を出ていったはず。
それを伝えた祐希くんは、言葉を発しないまま私に一冊のノートを差し出した。
「写させてほしいんですけど」
ああ成る程。
これは国語のノートと数学のプリントで、これは今日が提出期限だったはず。(私も出すの忘れてるや)
悠太くんの椅子を私の方に向けて、向かい合うようにして座ると鞄をゴソゴソ。
しばらく探って鞄を閉めて、ひとこと。
「シャーペン借りてもいいですか」
筆箱を置いてきたみたいで、ついさっきしまったばっかりの筆箱を取り出してそれを差し出した。
まずは数学のプリント。
これは岬ちゃんが写したいって借りてってそのまま出してくれたみたいだから手元にはなくて、解き方を教えて祐希くんが埋めていく。
普段あんまり勉強とかしてないみたいで最初はチンプンカンプンだったけど、教えれば意外とすんなり解いていく。
頭いいんだねって言うと千鶴よりはねって返ってきた。
数学のプリントは15分くらいで終わって、浅羽くんは国語のノートを写し始めた。
カラーペンも何本か出して、私は写してるその姿を眺めてみる。
ほんのちょっとの気まずさを感じながら、時々窓の外なんかも眺めてみたり。
それにしてもほんとに綺麗な顔だなって、知ってたけど再認識。
鼻も高いし睫毛も長いし肌もツルツルだし、色素の薄い髪の毛だってサラサラ。
「ここ、って…」
「は…い……」
「…色変えたほうがいいの?」
「……た、ぶんその方が…」
ボーッ見惚れてたところに、突然かち合った視線にびっくりしてしまった。
変に思われたかな…やっぱり見すぎだったかな、って思うと恥ずかしくなってきて視線を泳がせる。
絶対不自然だったよね、って再び写し始める祐希くんを見ながら1人でどきどきした。
終わってから私の分も一緒に提出して、本当ならギリギリアウトだからなって言われたけどセーフにしてもらった。
「お疲れさまでした」
「こちらこそ」
全てが終わったのはあれから一時間後くらいだった。
前回提出のときからほとんど写してなかったみたいで、その量はノート何枚分にもなってて。
下駄箱で靴を履き変えて、ちょっと考える。
これって、一緒に帰っていいのかな、やっぱり祐希くん一人で帰るかな…ってそんな葛藤。
そっと様子を伺うと、祐希くんは足下に視線をやりながら下に転がっている石を蹴ったりしてる。
緊張しながら探りながらゆっくり歩み寄っていくと、気付いてくれて一緒に歩き出す。
並んで歩く。
何話せば良いのかなって考えてると、祐希くんから話をしてくれる。
悠太くんの話とか、塚原くんや松岡くん、橘くんの話。
愚痴とかもあったけど、いつも一緒なんだなぁってわかってなんだか微笑ましい。
「幼なじみなんだよね」
「千鶴以外は、幼稚園のときから」
「いいなぁ、すごいね、幼稚園からずっと一緒なんて」
「そうでもないような…」
「ううん凄いよ絶対。私も中学校まではいたけど、やっぱり高校は別々になっちゃったし…そもそもみんなみたいに仲良しでもなかったし。皆みたいにずっと一緒なんて、羨ましいよ」
何も言わなくなった祐希くんに、喋りすぎちゃったかなとか変なこと言っちゃったかなとか考える。
視線は並ぶ私たちの足。
祐希くんは足が長いからか、私に比べると随分と歩幅も大きくて歩数も少ない。
…って、そうじゃなくて。
どうしよう、って何がどうしようなのかもわからないけどちょっとだけ焦る。
結局祐希くんが何かを言ってくれるでもなく、私の家に辿り着いた。
「……祐希くんって、家、こっち?」
「あっちです」
指差す方向は私の家とは反対方向。
何も考えてなかった自分を叱りたくなる。
私勝手に歩いてきちゃってたよねごめんね、って謝りながら自分勝手さに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「俺が勝手についてきただけなんで…」
気にすることないですよ、ってその言葉に酷く安心した。
ありがとう暗いから気を付けてねって小さく手を振ると、祐希くんも小さく振り返してくれた。
丸まった背中と背負われたリュックを見送りながら、祐希くんと一緒に帰る日が来るなんてなぁって不思議な気持ちになった。
帰り道、君とふたり
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