あれから見間違いはしなくなった。
理由は簡単。
黒い髪に黒い服の人は、最初から全て雲雀さんだと疑うようにしたからだ。
そうすれば雲雀さんでも雲雀さんじゃなくても、気持ちに少しの余裕は出来る。
その余裕があるうちに、Uターンしたり道を変えたり、なるべく会わないように細心の注意を払って方向変換。

正直なところ、私が殴られたりとか手を上げられたことは一度もない。
ただ、噂話による先入観で植え付けられた恐怖心による行動。
結果、無事だから間違ってはいないんだと思う。



「むむむお前、社会科ノート出したか?」

「だ…してないかも…」

「今ならまだ間に合うから出してこい」



後ろから話し掛けられてビクッとなったけど、話し掛けてくれたのは爽やかな体育の先生で一安心。
だけどノートは教室だ。
取りに戻らなきゃいけないなって、履き換えた靴を上履きに再び履き換えて教室に戻る。

静かな廊下はやけに長い。
私の教室は下駄箱からは一番遠いから向こうまで歩かなきゃいけない。
パタパタと、普段は気にならない程小さい上履きの音がやけに響いて聞こえる。
何気なく顔を上げて気が付いた。
そして思わず足を止めて、息を呑む。

向こうからは確かに雲雀さんが歩いてきている。
見間違いなんかじゃない。
白い廊下によく映える、あの真っ黒な学ランをはびらせているのは間違いなく雲雀恭弥だ。
え、ど、どうしよう?
止まった足を動かさずにしても、彼がこっちに向かってきているんだから距離は少しずつ近づいているわけで。
階段から15メートルほど前に進んだ今、再びそこに戻るにも不自然すぎる。
どうしようどうしようって、悩んでる間に雲雀さんはすぐそこまで来ている。
そして何を思ったのか、私の前で立ち止まるのだ。



「忘れ物かい?」



突然のことに声が出なくて、首を上下に二度三度頷く。
機嫌は悪くはないらしい。
だからと言って怖いのは変わらず、やっぱり彼の目を見て話すのは不可能。
前と同じように学ランとかシャツとか髪とか廊下とか、視線は取り敢えず目とか顔以外の場所を往復。

一通りキョロキョロして雲雀さんの視線と私の視線が合致したとき、心なしかさっきよりも幾らか機嫌を損ねているらしい。
私とは違い、彼はひたすら私を凝視している。



「話すときくらい人の目見れないの?」



ムスッと。
確かに悪いのは私なんだけど、雲雀さんにこんなに正当な事を言われると何か複雑な気持ちになる。
じっと堪えてさっきより幾らか彼の目を見る。
すると気付いた。
意外と格好良いのかもしれない。
格好良いっていうか、どっちかといえば綺麗っていうのかもしれない。



「…やけに素直だね」



ってそうじゃない!
今度は見過ぎてたらしい。
恥ずかしくなってスミマセンなんて謝りながらまた目はあっちこっち。
ああもうホントに消えたい、この場から去りたい、だけど殴られたくはないし無論咬み殺されたくもない。

私の視線では完全に上履きに移動していた。
雲雀さんもちゃんと学校指定の上履きを履いてて、なんかほんのちょっと、ごく僅かだけど親近感が湧いた。



「なんでもいいけど君、あからさまに逃げてるとそのうち痛い目みるよ」



バッと顔を上げる。
表情は変わらないけど、数秒目が合って彼は歩きだした。

それより、バレてたんだ…。
バレてないし、とか思ってたのは私だけだったと思うと虚しいような悲しいような。
痛い目みるよって言う言葉を頭の中で反復すると、背筋がゾッと凍るような気がして急いで足を進めた。



視力の悪さは彼には通用しない


(そういえば私は一言も言葉を発していない)


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