今日は跡部景吾が昼から他校に行って校内にはいないらしい。生徒会長は大変だなとは思うが校内が静かになったのは非常に過ごしやすく快適だ。跡部景吾がたった一人いないだけで放課後のテニスコート周辺の賑わいはこんなに減るのかと思うと他の部員を哀れだと思う気持ちとどんだけ人気なんだ跡部景吾はという苛立ちが同時に私に襲い掛かってきた。



「跡部様いないんだってー」

「テニスコート行く意味ないじゃんね」

「朝見れたし、今日は帰ろっか」



たった一人の男の影響力はどんなもんなんだと考える。たった半日いないだけで大概の女子はいつもみたいにキャアキャア騒ぐことなく静かにグループ討論中。じゃあもし跡部景吾が朝から居なかったら世の跡部景吾ファンはどうなるのだろう。一日中鬱な気持ちで過ごすのだろうか。じゃあ1週間なら?1ヶ月なら、1年なら?もし跡部景吾がこの学校から居なくなったらどうなるのだろう。皆学校休んで会いにいったりするのだろうか。じゃあもし跡部景吾が何らかの事件に巻き込まれて失踪でもしたら、有り余った金を使って自衛隊やらなんやらで捜索したりするのだろうか。じゃあもし跡部景吾が死んだら皆は悲しみで学校にも来れなくなって心に一生の傷を負ったりするのだろうか。いやさすがに嫌いとはいえ、勝手に失踪させたり死んだことにしてしまったことは心の中でだが一応謝っておこう。
そんなことを考えながら頭を掠めるのは、そんなことを他人事のように考えている自分の存在価値。人様をどうこう言う前にお前はどうなんだと言うことだ。虚しくなるのは最初から分かっているけどどうしても考えてしまう。例え私が半日や1日学校を休んだとしても誰も困ることも気にすることもないだろう。流石に1週間や1ヶ月ならもしかしたら少しくらい気にしてくれる人はいるかもしれないけど、半年や1年、いや1ヶ月くらい経てば皆の中で私の存在は無かったことになるかもしれない。失踪したら警察は動いてくれるかもしれない、死んだら皆少しくらい悲しんでくれるかもしれない。何人の人が私の葬式に来てくれるだろう。何人の人が涙を流して悲しんでくれるだろう。最初から分かっていたがやっぱり虚しい。考えなきゃよかった。
なんか色々考えたりしているうちに結構な時間になっていた。一体何をしていたんだ私は。



「え、あれ跡部様じゃない!?」

「え、うそ、うわ、本当だ!」

「えー帰んなくて良かったー!」

「他の人皆帰ったしラッキーじゃん!ね、差し入れいこうよ」

「私何も持ってないよ!」

「大丈夫私忍足くんに渡そうと思って持ってきたやつあるから一緒に行こ!」



静かなテニスコート周辺で聞こえた女子二人の会話。二人は小走りで私の横を追い抜かして、少し先にいる跡部景吾の元へ走って手に持っていた高そうな紙袋を差し出していた。金持ち学校だからそんなお菓子が平気で買えちゃうような生徒は数えきれないくらいいるが、忍足なんたらにドンマイと声をかける。勿論心の中で。跡部景吾は立ち止まることはなかったが紙袋をきちんと受け取っていて渡した女子は嬉しそうに応援してますなんて声をかける。跡部景吾はまるで芸能人のようだ。そんなことを考えている間にも立ち止まらない跡部景吾と立ち止まる必要がない私の距離は少しずつ縮まっていく。極力見ないようにだけど不自然じゃないように、なるべく跡部景吾から遠い場所を選び隅を歩く。そんな私を気にすることなく跡部景吾は横を通りすぎていく。何だか良い香りが鼻を掠めて私は嫌いな跡部景吾をまた少し嫌いになった。


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