教室や廊下はなんだか、朝から甘い匂いがするような気がする。
それもそうかもしれない。
今日はいよいよ、女子も男子も待ちに待っていたであろうバレンタインなのだ。
私もひとつ、渡せたら良いなぁと思って持ってきたんだけど。
きっと相手が悪かった。
何しろ渡そうとしてる人物が浅羽悠太くんなんだから、最初から無謀だったのかもしれない。
しかも用意したチョコレートは、他の皆みたいに手作りでもないし特別高いものを買ったわけでもない。
結局、チョコレートは鞄の中に押し止められたまま放課後。
バレンタインとか関係なく今日も部室で海賊漫画の続きを読み浸る。


(…あまい、)


甘い香が鼻を掠めたと思えば、慌ただしく部室に駆け込んでくる祐希くんの姿があった。
手には沢山のチョコレートと、きっと鞄にもいっぱい詰め込まれているのかもしれない。
昨日見たときよりも何だか少しやつれているようにも見えなくもない。
そして鼻を掠めるのはチョコレートやクッキーのような美味しそうな甘い香だけではない。



「だ、大丈夫…?」



ふるふると首を振り、少し青ざめたように見える彼はダラッと机に突っ伏した。
追い掛け回されていたんだろうか。
具合が悪そうな祐希くんが何だか心配になってきて、取り敢えずさっき買ったばっかりのパックのジュースを差し出した。



「…いいんですか」

「どうぞ」



ドーモ…とやっばり具合悪そうにしながらムクッと起き上がりジュースを飲んだ。
暫くぼーっとしてたら落ち着いてきたようで、キョロキョロと辺りを見回し始める。
ドアの方を気にしているようで、誰もいないよって言うと安心したようにもう一度ジュースを口にした。(女の子から逃げてるんだろうなって分かったのは何と無く)



「いっぱいもらったんですね」

「…押し付けられただけです」



部室に甘い香が広がる市販の物ならここまで匂いもしないだろうに、やっぱり皆手作りで攻めているのかもしれない。
それにしつも大量だ。
祐希くんがこんなんだったら悠太くんだって貰ってるに違いない。
やっぱり渡さなくて良かった、と思うのと同時に、ほんのちょっとだけ悲しくもなった。



「…」

「…ん?」



そんな感傷に浸っていると、感じるのは前からの祐希くんの視線。
その視線の意味がわからず暫く見つめ返していると、あ、と思い出す。
前みたいに目を逸らさなくなったのは祐希くんと仲良くなってきたから、だと思う。
鞄をゴソゴソ探り、悠太くんに渡すはずだったチョコレートを避けて手に取ったものを差し出す。



「……何ですかこれは」

「甘いものはいっぱいもらってるだろうなぁ、と、思って」

「…斬新ですね」



差し出されたソレに一瞬驚いていたが、のそのそと手をのばして受け取ってくれる。
そりゃあ、あげたのがチョコレートじゃなくてクッキーでもなくて、コンビニに100円程度で売ってるお煎餅だなんて。



「糖分より塩分ですか」

「バレンタインっぽくないね…」



これはバレンタインとはちょっと違うような…と。
個人的には結構面白いと思うんだけどやっぱりお煎餅じゃバレンタインらしさがなくて。
だから机に転がっていた誰のか分からない油性ペンを手にすると、彼は不思議そうに私の動きを眺める。



「バレンタインっぽくなった?」

「いや………」



反応に困る祐希くんにそれを差し出すと、まじまじと見つめて「でもありがとうございます」と小さく呟いた。
“祐希くんハッピーバレンタイン”だなんて書いたけれど、悠太くんに渡すはずだったチョコレートを渡せば良かったのかなって思ったりもした。
それが渡せなかったのはやっぱり、まだどこかで“悠太くんに渡せたら良い”なんて思っているからなのかもしれない。


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