あのあと皆が手当てを受けた。何故だか奥村くんは怪我どころか傷一つもなかったけど、強いていうなら勝呂くんに殴られていた頬が少し腫れているようには見えた。
手当てをしてもらっているとき、皆は自分が候補生になれるかどうか、審査に合格出来るかどうか、そんな話で持ちきりだった。みんな不安がっていたけど、私には皆が凄く頼りに思えた。あの時のみんなは、それぞれが自分のやることをちゃんとやってたと思う。心配するまでもなく皆、きっと候補生になれる。私のことはわからないけど、たぶん、何て言うか…凄く複雑な気持ちでいっぱいだ。


( 候補生、か )


自分以外誰もいない部屋で大きなため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げるよ、とはよく言われたもんだけど、ここに来てから私はどのくらいの幸せが逃げていっただろうか。濃密な時間が流れてた。少し濃すぎたのかもしれないけど。
聞こえてきたノックの音に返事をする。入ってきたのは奥村雪男。相変わらずカッチリとした講師用の制服を身に纏い、彼は私がいるベッドの側に置いてある椅子に座った。



「少し、進路の話を」



鞄を探り、出してきたプリントはいつかの進路希望のものだった。名前と、合宿参加の丸しかしていないそのプリント。



「むむむさんがもし候補生認定試験に合格したとして、その時には前にも言ったように自分が目指す称号を明らかにしなくてはいけません」



称号…――なんだっけ、それ。そんなことを一瞬思ってしまうが勿論一瞬で思い出す。詠唱騎士とか医工騎士とか、今思い浮かぶのはその二つだけだったけど確かあと3つくらいあったはずだ。ダメだ全然覚えてない。
そんな私の思考を余所に、目の前の彼は私に向けて話を続けてくれている。



「むむむさんには手騎士の素養があります。これから候補生になり、エクソシズムを極めていくとなると命に関わる事も覚悟しなくてはいけません」



…命に関わること。
…――そんな覚悟出来るわけ、ない。視線を落とした私に、彼は少し柔らかくなった声でまた話し掛けてくれる。



「むむむさんのお祖父さんも立派な祓魔師だったと聞きます。貴女と同じ、白虎を操る手騎士だったと」

「………お祖父ちゃんが?」



初めて聞いた内容のそれに反応せずにはいられず、思わず聞き返してしまう。じっと見詰めた彼は相変わらずやわらかい声と表情でそれを肯定するのだ。
知らなかった。お祖父ちゃんは、もう亡くなっているしそれも私が小さい時だったからよく覚えてはいない。お父さんとお母さんが「立派な人だったよ」って繰り返すように言ってたのは知ってるけど、だからってそんなの知らない。
だけどそれで解決することも確かにある。それは、私が白虎を出せたこと。単純なことだけど、馬鹿な私にもそれは分かる。



「さっき杜山さんのところにも行ってきました。彼女も貴女と同じように手騎士の素養がありながら、これからのことはまだ悩んでいます」



杜山さんの話を始める。そう言えば彼は杜山さんとは何か特別な関係でもあるんだれうか。入ってきたときからタメ口で、呼び名だって先生や奥村さんとかそんな堅苦しいものじゃなくて“ゆきちゃん”と呼んでいたはず。



「しえみさんとは、僕が祓魔師になった頃からの知り合いです。彼女は僕が通っている用品店の娘さんなんです」



私の考えていることを察したのかは知らないが、そんな話を始めてくれる。その表情は、酷く穏やかで、そして優しい。その側にある感情を感じ取るのはとても容易いことだった。
嬉しそうに話してくれる、ふたりの思い出。小さな出来事だけどきっと、彼にとっては大切な出来事なんだろう。きっと。



「彼女は変わったんです」



最後に彼はこう言った。
だから貴女も変われるんです、と。まるでそうやって言われているような気がして、またよくわからない感情が私の胸を渦巻いた。


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