飛んでくるそれは、昨日浴びたあれと同じ。顔を背けて避けてみるも、飛沫はこちらに向かって飛んでくる。
怖い。それが私の素直な意見。
飛沫を浴びた部分が痒い。喉も苦しい。頭もクラクラする。呼吸を整えていると部屋の空気が変わる。前を向くと、そこは杜山さんの小さな使い魔が出したであろう複雑に絡み合った木の枝が部屋一杯に広がっていた。
みんなが床に座り込む。むせていたり呼吸が乱れていたり、どこか少し声も弱々しい。私と同じなんだと気付く。…――奥村くん以外は。
「なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…そうなったら最後や」
きっと勝呂くんのい言う通りなんだろう。座り込んだ杜山さんは既に肩で息をしていて辛そうな様子を見せている。
屍は凄い勢いで木を千切り、近付いてきている。暗闇で活性化するという屍にとって今のこの状態は最高のようだと勝呂くんが言った。
「俺が外に出て囮になる。二匹ともうまく俺について来たらなんとか逃げろ。…ついて来なかったらどうにか助け呼べねーか明るくできねーかとかやってみるわ」
「はァ!?何言うとるん!?」
奥村くんが、木を掻き分けて外に出ていく。勝呂くんたちが止めるのも聞かずに。
二匹のうち一匹は着いていったらしいが、一匹は残ってしまった。杜山さんの息遣いがどんどん荒くなっていく。
「…でも確かにこのままボーッともしとられへんし!…――詠唱で倒す!!」
「坊…でもアイツの“致死節”知らんでしょ!?」
「…知らんけど屍系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死節が集中しとる」
眉間にシワを寄せ、真剣な表情をした勝呂くんが言ったのは“丸暗記しているそれを全て詠唱していけばどこかに当たるかもしれない”ということ。それには彼と仲が良い志摩くんも驚きを隠せないでいるように見えた。理由はすぐにわかる。それは20章以上ある、と、言ったからだ。
「…二十一章です…」
「子猫さん!」
「僕は一章から十章では暗記してます…手伝わせて下さい」
「子猫丸!頼むわ…!!」
「ちょっと、ま、待ちなさいよ!」
話を進めていく勝呂くんと三輪くんの会話を遮ったのは神木さんだった。彼女の声は部屋一杯に響き渡り、皆の視線がそちらへ向く。勿論、私も。
「詠唱始めたら集中的に狙われるわよ!!」
「言うてる場合か!女こないなっとって…男がボケェーッとしとられへんやろ!」
勝呂くんが指差した場所には、肩で息をして呼吸が浅くなっている杜山さんがいた。辛いはずなのに、杜山さんは、頑張っている。
「さすが坊…!男やわ……じゃあ俺は全く覚えとらんので、いざとなったら援護します」
「志摩…!」
志摩くんもポケットから何かを取り出し、組み立て始める。彼の身長程あるそれはまるで杖のように見える。きっとこれで、志摩くんも戦おうとしているんだ。
…――やっぱり神木さんは、無謀だ!と止めに入る。
「……さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに…いざとなったら逃げ腰か。戦わんのなら引っ込んどけ」
「………………」
「子猫丸は一章めから、俺は十一章めから始める。つられるなよ!」
「はい!」
「いくえ」
その言葉を合図に、勝呂くんと三輪くんが詠唱を始める。張り詰めた空気。二人の響き渡る声は、何故だかすごく力強く感じた。
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