顔だけ洗って部屋に戻り、ベッドに腰掛けて小さく溜め息を吐いてしまう。勝呂くんの言葉を考えると余計に気持ちが重くなる。太股で視線が止まり、この数分間で何度目だか分からない溜め息が漏れる。
コンコンと二回聞こえたノックの後に「奥村です」という声が聞こえた。どうぞと返すと彼は遠慮がちに部屋に入ってきた。



「もう大丈夫ですか?」



朝が早いにも関わらず既にいつもの教員服を身を纏っている彼は、私の前に膝を着いて注射器を準備する。一応念のために、と私の右腕に細い針を刺し、慣れた手つきで消毒液の染みたガーゼを滑らせた。独特の臭いが鼻を突く。
朴さんが治るにはまだ2、3日かかると言った。そうなんですか、としか言葉が見付からなくて、そう伝えると彼はいつもの少し困ったような笑みを浮かべた。
注射器やガーゼや何かの薬とかを片付ける彼をボーッと眺めていると、私よりも下にあった彼の瞳と目が合った。気まずくて視線を逸らすと、話してくれたのは彼の方だった。



「勉強は難しいですか?」

「…まぁ……はい」



優しい瞳。
彼の問いに、答えは勿論イエス。正直言えば難しいとかそんなレベルなんかじゃない。分からない、もう、サッパリ。いや、最初よりは分かるようにやったけど、それでもやっぱり自分とは世界が違う感じ。…――いつの間にか私、普通の学園の授業にもついていけなくなってるし。



「…どこか具合でも?」

「………いえ、」



覗き込むように私を見上げる視線は、本当に優しくて何故か罪悪感が湧いてくる。悪いのは具合じゃなくて、私の気持ちの方。だけどそんなこと言えるわけなくて、曖昧な言葉と表情を並べる。視線は彼の周りを行ったり来たり。



「そういえばむむむさん、ネイガウス先生の授業で使い魔を出したようですね。立派な白虎だったと」



はい、と言うにはまだ少し勇気が足りない。彼が言ったことは確かに事実ではあるけれど、自信を持って肯定するような内容は何一つ無かった。立派な白虎が向かってきたあの瞬間を私はしっかりと覚えている。ギラついたあの瞳は確かに私を狙っていた。曖昧な私を見た彼は優しく目を細めて言葉を続ける。



「何か、不安でもありますか?」



…――不安はいっぱいある。むしろ不安と焦りしかないくらいで、それをぶつける場所もわからない。私の言葉を待ってくれている彼に私は、拙い表現ではあるけれど少しだけでもそれを伝えてみようと思った。理由はわからないけど。聞いてくれるなら、言ってみよう、と。



「…いっぱいいっぱい、っていうか。最初は頑張ってた学園の勉強ももうついていけないし…私、貴方みたいに頭よくないし要領も悪いから、なんか………もう、よくわかんないです」



うまく伝えられなくてもどかしい。何が言いたいのかも分からないし、何を分かってもらいたいのかさえ曖昧なまま。漠然とした不安だけが胸を渦巻いている。なんかもう、本当に、何してんだろう。気持ちがどんどん沈んでいく。



「…――むむむさんには少し、自信が足りないと思います」



もっと自信を持ってください貴女なら大丈夫。―――そう呟いた彼は、最後にもう一度優しく微笑んで部屋を出ていった。


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