どうして私がこんな塾に通うことになったんだろう。それが一番の疑問だった。聞き慣れない単語が並ぶこの場所に私が居る意味は一体何なんだろうか。今まで普通の人間としてごくごく一般的な生活を送ってきていた私がここに通う理由が、私にはどうしても思い浮かばない。
「おい」
ガタッという音に再び下がっていた視線が前に向くと、廊下の彼が奥村雪男に詰め寄っていた。何やら言い合いをしているようで、その声は静かな教室にはやけに響く。奥村雪男は淡々と言葉を述べていく。荒れているのは廊下の彼の方だった。
「…さっきも言ったけど…僕が祓魔師になったのは二年前。訓練は七歳の頃から始めた。…僕は生まれた時に兄さんから魔障を受けて……物心つく前から悪魔がずっと視えてたんだ。…ずっと知ってたよ。知らなかったのは兄さんだけだ…そこどいてくれる?」
「……………じゃあ…なんで俺に言わねーんだ!!!!」
凄まじい剣幕で言い寄り、腕を掴んだ瞬間に奥村雪男の手に持たれていた赤い液体が滑り落ちる。ガシャンと床に落ち、その瞬間から異臭が鼻を掠めて思わず袖で口元を覆った。
すると突然見えない何かが天井に跳ね上がったように木屑が舞い、天井を破壊する。
「悪魔!」
「え、どこ!?」
「そこ!!」
奥村雪男が身に付けていた銃を取り出し躊躇いもなく引き金を引く。突然の事で何一つ理解が出来ないまま銃口が私を捉え、真っ直ぐ向かってくる。驚くほどゆっくりに見える、これはもうすぐ訪れるかもしれない死を意味しているのかも知れずぎゅっと目を閉じた。しかし痛みは訪れず、ボッという音が耳に入る。状況を理解しようと目を開くと、弾は私の元に届く前に小さな音を立てて全てが消えていく。
何が起こっているのか理解が出来ない。立ち尽くす私の腕を掴んだのは他の誰でもない、奥村雪男だった。
「早く外へ!」
引っ張られるまま教室から外に出た。
「ザコだが数が多い上に完全に凶暴化させてしまいました。すみません僕のミスです、申し訳ありませんが…僕が駆除し終えるまで外で待機していてください。奥村くんも早く……」
ドアはそこで閉じられた。廊下の彼は出てきていないようだ。
静まり返った廊下では誰一人として口を開かなかった。部屋の中からは相変わらずの銃声や何かが壊れるような破壊音、それに何かの鳴き声や唸り声、残された彼らの声が雑ざって聞こえてくる。彼らが何をしているかは流れで大体わかった。現れた鬼――ゴブリンと言われた悪魔を退治しているのだろう。
そして頭に警鐘が鳴り響く。私は一体、何を学ぼうとしているのだろう。何をしようとしているのだろう。両親は一体私に、何をさせようとしているのだろう―――。
「すみませんでした皆さん、別の教室で授業再開します」
そして次の授業で魔障とやらにかかった私は、見えないはずのそれ――悪魔――が見えるようになってしまっていた。
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