体育祭の競技は昨日一足先に決まったものの、他にも決めなきゃいけないことは沢山ある。
旗や内輪のデザインは誰が考えるとか、体育祭当日のそれぞれの役割とか。(デザインを考えるのは絵が上手い子なんだけど)
そんな事を考えながら、勿論平常の授業はしなきゃいけないわけで。
そういえば橘くんが辞書貸してって言ってきたけどまだ取りに来ていない事が少し心配になる。
昼イチで使うって言ってたのに、あと15分で昼休みも終わっちゃいそうだ。
忘れてるのかなって事にして、辞書を持って橘くんに渡しに行くことにした。
岬ちゃんからはそこまでしなくていいんじゃないのって言われたけど、貸すって約束したのに忘れてるなんて申し訳ない気がして。
教室を覗き込むと何やら女の子たちが固まってはしゃいでいて、その奥に祐希くんの姿が見えた。
確か二人は席が隣同士だったはずで…なんて考えていると。
「むむむさんいいところに!」
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「けどむむむさんクラス違うよ?」
「仕方ないじゃん、祐希くんと話してる女子って他に知らないんだから!」
「それもそっか…」
腕を引っ張られて教室に引きずり込まれる。
わけが解らない私に必死で話しかけてくる6人の女の子は、少し怖いような気がして何も言えなくなる。
「浅羽くんに身長と肩幅をね、聞いてきて欲しいの!」
「身長、と…肩幅?」
「浅羽くん応援団に出るんだけど、その時に着る学ランを他の学校の子に借りることになって」
「サイズわかんないじゃん?」
「え、でも…」
「私たち浅羽くんとちゃんと話したことなくて、なんかさ、嫌な顔とかされたら怖いじゃん?」
「さっきからこんな感じでずっと押し付け合いなのよ」
「時間もないし、ね、お願い!」
「むむむさんってホラ、浅羽くんと話したりしてるみたいだし」
そう言って渡されたのはメジャーだった。
測ってこい、って事なのだろうか。
女子からすると祐希くんってきっと物凄く近寄りがたい存在なんだろうな、なんて事を思う。
確かに凄く格好良くて運動神経も良くてまるでアイドルのようなそんな存在なのかもしれない。
私だって最初はそんな風に思ってたし。
ボーッと窓から外を眺める祐希くんを呼べば、ゆっくり振り返って視線が合った。
「橘くん、いない…?」
「…知らない」
いつもと本の少しだけ違う雰囲気なように感じたけれど、それ自体に確信は持てない。
とりあえず橘くんに貸す辞書のことを伝えて、橘くんの机に辞書を置いておいた。
「あとなんか、身長と肩幅聞いてきてって言われて…」
「身長と肩幅?」
「祐希くん応援団やるんだってね」
「…あぁ……まぁ成り行きで」
「学ランをね、他の学校から借りるらしくて、それで知りたいって言ってたんだけど…」
視線を泳がせて考えるしぐさを見せる。
少しの間そうして、それから浅羽くんは突然立ち上がって私の手元を指差した。
「測るんじゃないんですか?」
「…あっ、多分…」
「浅羽ーっ、今騎馬戦と棒倒しどっちでるか決めてもらってんだけど浅羽どっちがいー?」
「……えっと」
「あ、私いいよ、全然、あっち行ってきて、」
じゃあ、と男の子の方に歩いていく祐希くんを見送って、相変わらずドア付近で固まっている女の子達と目が合った。
「先に競技決めるみたいだから、肩幅とかはあとで、測らせてくれると思うよ」
「…っむむむさんありがとう…!」
「だ、大丈夫かな私…!」
「こんなチャンス二度と無いよ!ほんっとありがとー」
メジャーを渡して教室に戻ると橘くんはそこに居た。
何だか様子がおかしいことを岬ちゃんに聞いてみると、どうやら祐希くんと喧嘩をしたんだとか。
そこで何と無く分かった、祐希くんの違和感の理由。
「祐希くん寂しそうにしてたよ」
「うっそ、あいつが?」
「わかんないけど」
「なんだそれ」
笑った岬ちゃんに私も笑った。
飛び出していった橘くんを見て、根拠はないけど心配いらないってそう思った。
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