一夜明けると、昨日の騒ぎがまるで嘘だったかのような静かな空気に触れる。皆は既に起きていたようで、急いで起き上がろうとすると上からサンジの腕が伸びてきた。見上げると柔らかい表情を浮かべたサンジが「ゆっくりでいい」と、私の身体を起き上がらせてくれる。まだグラグラ揺れる身体は彼によってしっかりと支えられ、ゆっくり歩きだすとその手が私の髪に伸び、柔らかく撫でた。



「寝癖がついてる」

「……あ、ありがとう…」



私がドキッとした事に気付いたのか、彼はほんの少し口角を上げてゆっくりと歩き出す。私は何だか恥ずかしくなり、視線を泳がせながら彼の横を歩いた。



「見ろ!!!言った通りだろここに誰かいたんだ!!!見たんだおれはやっぱりあれは夢じゃなかった!!!」

「G・M号が………修繕されてる…!!」



辿り着いた先には当然メリー号があった。だけど、その姿は昨日私たちが守れなかったものとはえらく掛け離れている。乗り込んでもそれは同じで、不恰好ではあるけれど修理は完全にこなされていた。無くなったはずの物がそこに在り、在ったはずの物が無くなり…――ゴーイング・メリー号はフライングモデルを卒業し、私たちの見慣れたメリー号に戻っていた。
皆はこれからの作戦会議を始めている。私は、綺麗とは言えないけれど元に戻ったメリー号をぐるっと見渡している。焼けた場所も穴が開いた場所も、穴はきちんと塞がれている。そこにそっと手を伸ばし、触れる。みんながいる安心感からか、最近はどうも涙腺が緩んでいる。よかった…と、単純だけどそんな気持ちに、また目の前が揺らぐ。



「みんな無事なら、それでいい」

「…ナミ」

「船だって、不恰好だけどきっと私たちにはピッタリだわ」



隣にはいつの間にかナミがいて、私と同じ場所に触れたその手がゆっくりと髪を撫でる。どうして、みんなはこうも温かい手を持っているんだろうか。泣かないで、と呟いた彼女の瞳はどこか切なくて、それでいて、優しかった。



「この国の…歴史を少し…………話そうか…」



座り込んだ白髪の空の騎士…“ガン・フォール”さんは静かに呟いた。



「我輩…6年前まで“神”であった…」



…―――まさか。
神様が、こんなに近くにいるなんて。それが例え“元”だとしても、その落ち着いた雰囲気やオーラはそう言われても納得の出来るもの。何故“元”になってしまったのかは、またそのゆっくりそれでもしっかりとした口調で話してくれた。

平和だったスカイピアに“神の島”が現われたのは、400年程前のこと。私たちが空島に来る方法とした“突き上げる海流”に乗り、いろんな物が地から空にやってきた。そこに突然やってきたのが“神の島”と呼ばれている地上の大地。そんなものが空に届く事はあり得ない事で、人々は“奇跡”の大地を“聖地”と崇めて喜んだ。



「……しかし“大地”には先住民もいて……“大地”をめぐる戦いは始まった」



胸がキュッと締め付けられて、何とも言えない感情が胸に渦を巻く。
シャンディアと呼ばれている先住民は、空島の人々により自らの故郷を追い出されてしまった。彼らは故郷を取り戻そうとしているだけなのに、それすら叶わないでいる。
ガン・フォールさんはスカイピアのことだけでなく、“神・エネル”についても話してくれた。今、このスカイピアを支配しているのがそのエネルと呼ばれる神。



「エネルはお前達の様に国外からやって来る者達を犯罪者に仕立て上げ、裁きに至るまでをスカイピアの住人達の手によって導かせる。これによって生まれるのは国民達の“罪の意識”」



エネルは頭が良くて悪知恵が働く。それによりスカイピアの住人達は縛られ、まるで操り人形の如くエネルの思うがままに動かされている、とそういう事だろう。



「己の行動に罪を感じた時、人は最も弱くなる。エネルはそれを知っているのだ。「迷える子羊」を自ら生み支配する…まさに神の真似事というわけだ」



神を名乗り、その立場を利用して全ては自分の支配下。
溜め息が出る。虚しいのか哀しいのか、切ないのか怒りなのかもわからない。ただ、それらを全てごちゃごちゃに混ぜたような感情が私の中に生まれていた。


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