昔から、弱い自分が大嫌いだった。自分の意見もうまく言えなくて、嫌な事でも押し付けられたら断れない。ただ笑って「うん」と言うことが、私の歩んできた道だった。
周りから聞こえてくる叫び声や物音も、今はただ右から左。何やってんだろうって、何でこんなところにいるんだろうって。爆音と共に揺れる船の中で、頭の中はそればっかり。
時々耳に入ってくる叫び声が、頭に響いて消えていく。



「むーーっっ!!!」



そんなルフィの叫び声は、今度はしっかりと頭に響く。はっと我に返った時には目の前にマスクが転がってきて、今すぐにそれを付けろ、と一言。言われるがままマスクを顔にすると、その瞬間目の前が真っ白い煙に覆われる。これが何かはわからない。だけどこれが危ないものだって事はわかる。
だからこそのマスク。それを無駄にはしない。
…ほんとはちょっと考えた。これしなかったらどうなるんだろうって。だけどそんな考えはほんの一瞬。



「お嬢さん、無事か?」



死にたくなかった、のだ。
差し出された金髪コックさんの右手をゆるく握る。笑ってはいるが、彼は血塗れだった。無事か?とその問い掛けは、本来ならば私が彼にすべきものなんだろう。
船はもうボロボロ。倒れている傷だらけのルフィは彼が担ぎ、彼のジャケットと靴、ルフィの麦わら帽子を私が拾う。
ルフィが勝ったことは、なんとなく分かった。この船の状況を見れば、どんなに激しい戦いが繰り広げられていたのかっていうのも簡単に想像が出来る。



「ふぅ…」



ベッドにルフィを放り投げると同時に座り込むコックさん。綺麗な金髪に赤黒い血がべっとりと色を付けていた。平気そうにしていたが、実際はそうでもなかったらしい。大きくため息を吐いて、ルフィの隣にバタッと倒れこんだ。
何をすればいいのかわからないのは、私の医療の知識はほぼゼロに等しいからだ。取り敢えず海水じゃない水で濡らしたタオルで、ルフィとコックさんの顔や体についた血を拭き取っていく。ガシッと掴まれた手首に驚けば、コックさんがうっすらと目を開けた。



「今包帯切らしてんだ…血の気の多いコックと客のせいで」



消毒液を染み込ませたガーゼで傷口を拭いていくと、瞼の閉じられた綺麗な表情が一瞬、歪む。左目の下に絆創膏を貼るとゆっくり目蓋が開き、ゆっくりと起き上がった。ジャケットを羽織り靴を履き、木の柵にもたれかかりタバコをくわえる。絵になるなぁ、なんて思いながら今度はルフィの顔や身体に絆創膏を貼っていった。
ぱちっとルフィの目が開き、次の瞬間がばっと起き上がる。麦わら帽子を探していたらしく、それを差し出すとにっこり笑って帽子を被る。顔中に貼られていた絆創膏が気になったのかそれを一枚ずつはがしはじめた。(あぁせっかく貼ったのに…)


「お前さ…オールブルーって知ってるか?」


部屋から出たルフィに、目をキラキラさせて楽しそうに話し始める彼。……なんて、落ち着いている場合なんかじゃない。
冷静になった今、私の頭は再び恐怖に支配され始める。現実を見なければいけないのはわかっているけれど、そもそもこれが現実なのかどうなのかだってわからない。
数時間前まで私は自宅の自室で気持ち良く寝ていたはずなのに、今は全く知らない場所で危険な事に巻き込まれている。



「お嬢さん、そろそろ飯の時間だ。行くか?」

「なんだ腹減ってねーのかぁ?」



声をかけてくれたコックさんとルフィに首を横に振ってみせると、まぁゆっくりしていくといい、と私の頭に軽く手を乗せた。
二人の背中を見つめる。
これから一体どうなってしまうんだろうという、漠然とした不安だけが私の中をぐるぐる渦巻いていた。


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