三時間程経ったのだろうか。何だかスッキリした気持ちで、ちゃんと楽しく笑っていられた。



「園長マズイッす!!!南西より!!!“夜”が来てます!!!“積帝雲”です!!!」



両隣の船が騒つき始める。それに気付いた私たちも先に目を向けると、そこには明らかに他とは違う雲が見える。それは雲とは思えないほどの迫力で、雲の下は確かに“夜”なんじゃないかというほど真っ暗だった。



「何だ何だァ!!?」

「予想より早く“積帝雲”が現れたって!!まだ海流の位置もわかってないのに!!」


「反射音確認!!12時の方角、大型の海流を発見!!」

「9時の方角、巨大生物を探知!!海王類と思われます!!」

「10時の方角に海流に逆らう波を確認!!!巨大な渦潮ではないかと!!!」

「それだ!!!船を10時の方角に向けろ!!!爆発の兆候だ!!!渦潮をとらえろ!!退くなよ!!!」



私たちの船の上を、そんなやり取りが通過していく。私には何をいってるのか全然分からなかったけど、どうやら事態は急速に進展しているらしい。
ふわっと宙に浮く身体。柱を掴むにもタイミングを失った私の腕は宙を掻き、過去に何度か味わったことのあるこの感じに何故だか不思議と恐怖を感じなかった。



「ったく…危ねェよ」



ゾロが私の腕を引っ張ってくれて、グラグラしながら何とか地面に足が着いた。波は見たことないくらい大きくなり身体にかかる水しぶきは大雨でも降っているかのようだった。
バタバタと皆の動きが慌ただしくなっていく。



「渦の軌道に連れていく!!!」

「……そしたら!!?どうしたらいいの!!?」

「流れに乗れ!!!逆らわずに中心まで行きゃなる様になる!!!」



はっきり言えば良く分からなかったけど、“なるようになる”というその言葉がきっと全てなんだと思った。
そのまま流されていくと、目の前には大きな大きな怪獣みたいな魚が苦しそうに鳴いている。じっと眺めていると、何だか変な音がしたと同時にそれは飲み込まれ消えていく。…私たちもこうなるのかと思うとさすがにゾッとした。ナミもウソップもチョッパーも、ありえない!!!と叫びながら顔を真っ青にしている。



「引き返そうルフィ!!今ならまだ間に合う!!見りゃわかるだろ!!?この渦だけで充分死んじまうんだよ!!“空島”なんて夢のまた夢だ!!!」

「夢のまた夢……!!そうだよな」

「そうよ!!ルフィ!!やっぱり私もムリだと思うわ!!」


「“夢のまた夢の島”!!!こんな大冒険、逃したら一生後悔すんぞ!!!」



まぶしいくらいの笑顔でキラキラしたルフィの表情。あの表情を見ていると、怖いはずなのに私までそんな気がしてくる。こんな経験、一生出来ない。一生かかっても出来ない経験は沢山してきたけれど、空に行くなんて、絵本や小説で見た世界でしかなかった。……うん、やっぱり、楽しみなんだ、ここで色んな経験をすることが。



「ホラおめェらが無駄な抵抗してる間に…」

「まに?何だ…」

「大渦にのまれる」

「さァナミさんおれの胸の中に早くっ!!!」



身体が、船が、宙に浮く。
よろめいた足はそのまま行き場を失い、ポスッと何かに寄りかかる。見上げればサンジが後ろにいて、大丈夫か?と声をかけてくれた。



「あ…ありがとう………ナミじゃなくてごめんね」

「あァ、むーちゃんでも大歓迎だ」



軽く肩に乗ったサンジの両手に遠慮なく身体を預けていると、船は思っていた衝撃とは全く真逆の軽い振動で終わる。あれ、と思っていると深い場所からゴゴゴ…という音が微かに聞こえてきた気がした。
キョロキョロしていると「ゼハハハハ」なんて下品な笑い声が聞こえてくる。少し離れた場所に見えたのはもう一つの船だった。ルフィとゾロの懸賞金が跳ね上がっているらしい。一億、と馴染みのない数字が耳に入っていた。
ほんの少し、油断していたとき、今度は大きな振動に身体が揺れる。



「全員!!!船体にしがみつくか船室へ!!!」



サンジの手が肩からお腹に回り、その腕でしっかりと私を抱え込んでくれている。



「むーちゃんは心配いらねェよ、俺がしっかり守ってやる」



ありがとう、と口に出そうとした瞬間だった。振動が大きくなったと同時に、痛いくらいの衝撃が全身に走っていた。飛ばされてしまうんじゃないかという恐怖もあったけど、さっきより数段力強く私を抱えてくれているサンジの腕がそれを安心感に変えてくれる。



「ど………!!!どうなってんだコリャア!!?」

「水柱の上を船が垂直に走ってるぞ!!!」



衝撃が収まると、今度は船が上に向かって走っている。不思議な感覚に、もう言葉も感情も追い付かなかった。常識を超えた現実を体験しているんだと思うと、身体が震えるほどの鳥肌が私を覆っていた。
すぐ横をさっきの怪獣が落ちていく。正直怖いけど、不安もあるけど、だけどそれよりもゾクゾクした感情が身体の奥底から沸き上がってくるようだった。
みんなは慌てている。ウソップに至っては泣きだしているし、死んじまうと嘆く声も聞こえてくる。



「帆をはって!!今すぐ!!!」

「え!?」

「これは海よ!!ただの水柱なんかじゃない!!立ち昇る“海流”なの!!!そして下から吹く風は地熱と蒸気の爆発によって生まれた“上昇気流”!!!」



ナミがこの状況をイチ早く理解しらたしく指揮を取り始める。わけもわからないまま言う通りに動く皆。



「相手が風と海なら航海してみせる!!この船の“航海士”は誰!!?」



ナミの言葉に、みんなの不安は一気に吹き飛んだ。彼女の「行ける」という言葉に誰一人、疑問なんて浮かんでこない。ナミのいう通りに動くだけ。彼女を信じるだけ。
すると、



「すげェ、船が空を飛んだ!!!」



そう、“船が空を飛んだ”のだ。飛行機みたいに飛ぶわけじゃないけれど、今、船は確かに“空を飛んで”いる。
ゾクゾクしてる。自分が今、こんなに素敵で不思議な体験が出来ていることに。生きてきて良かった、ここに来て良かった、それから、みんなと一緒で良かったと、そう強く思いながら目の前にある積帝雲に全ての希望を託した。


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