…夢。
また同じ夢。
「具合はいかがかしら」
きっと30分くらいの睡眠時間だと思うけれど、最近は眠るたびに同じ夢を見ている気がする。
1人で入ってきたロビンがベッドの側に腰掛ける。
「皆に色んな話を聞いたわ。一度や二度でなく、何度か倒れているようね」
長い足を組んで、全てを見透かしたような大きくて不思議な瞳か私に向いている。逸らしたくなる、だけど、逸らせない瞳。
「言霊、って知ってるかしら」
「…ことだま、」
「一部の人に、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられているらしいわ。今回の事とは余り関係がなさそうだけど」
言霊っていう言葉は聞いたことがあった。だけど彼女の言うとおり、きっと今回の事とは関係ない。言い切れる理由は簡単で、私がさっきみたいな自分の気持ちを人に話したことがなかったから。いつも胸の奥の方で思ってた事だったから。
ロビンはそれから何も言わない。なんとなく気まずい沈黙に、そうだ言わなきゃって、思ってたことを口にする。
「最近………夢を見るの」
「夢?」
「同じ夢を、何度も何度も」
「…聞かせてくれるかしら?」
小さく頷いて、最近見る夢の話をする。最初に見ていた夢と、最近になって少し変わった夢の内容。最初に見ていたのは、確か真っ暗な場所で皆を追い掛ける自分。走っても走っても近付けなかった。最近は真っ暗な場所に相変わらず私が1人で、みんなが名前を呼びながら手を差し出してくれている夢。結局どちらも選べず、私はひとりぼっち。
「…私、」
「……どうしたの?」
そうだ、と、あの恐怖心も一緒に思い出す。ほんの少し震える声に気付いた彼女は、優しく私の肩に手を添える。
「…家族や、友達の顔が……思い出せなくなってる…」
忘れるはずのない事が、頭から消えていく恐怖。今だって思い浮かぶのは、ぼやっとした面影だけ。
怖かった。まるで、向こうの世界からどんどん切り離されているようなそんな気がして、不安と恐怖が私にずっしりと覆いかぶさってくる。
「―――もしも、あちらの世界とこちらの世界、どちらか一方を選ばなければいけないとしたら、あなたはどうする?」
私の望む答えはきっとそこにある、と、薄ら笑いながら部屋を出ていった。パタン、と扉の閉まる音が静かな部屋に響く。
ロビンの言葉は、私が求めている答えのすぐ傍にある。
あの夢を見たとき、本当は何となく、気付かないフリをしてたけど頭のどこかでは分かっていたのかもしれない。差し出されたどちらかの手を選ばなきゃいけない事を。だけどどちらか一方を選んでしまったら、もう戻れないようなそんな気持ちがどこかにあった。
“ むー ”
…どこかから私を呼ぶ声が聞こえてくる。キョロキョロ見渡すが誰かが居るはずもなく、その声は私の頭に響いて離れない。
「むー、入っていい?」
「あ、うんいいよ」
軽くノックをしたナミが部屋に入ってきた。いつもと変わらない笑顔に何だか凄く安心して、だけど少し、不安になった。
――彼女たちは私を迷惑だと思っているんじゃないか…と。そんな事ないって分かってるつもりなのに、胸は不安でいっぱいになる。
「目的の場所に着いたから私たちは降りるけど、むーはどうする?まだ体調悪いなら残ってても良いんだけど」
「ううん…行く」
「そっ、じゃあ行こう!だけど無理しないでね?」
「ありがとう、大丈夫」
ベッドから起き上がって、ほんの少し前を歩くナミの綺麗な背中を眺める。いつまでこんな風に一緒に居られるんだろうってそんな事をぼんやり考えてる自分がいた。
「…ナミ?」
「……身体冷やさないようにね」
ナミは突然振り返り、ほんの少しだけ間をあけてそう呟いた。その表情は何時もみたいに笑っていたけれど、どこか少し淋しそうに見えたような気がした。
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