スッキリしない目覚め。よく眠れなかったからか頭は全くスッキリしない。ボーッとする頭を無理矢理動かして、朝御飯の匂いがする部屋へと向かった。ルフィ以外はもう皆揃ってるみたいで私もその場に座る。サンジくんがルフィを呼ぶと、大きな欠伸をしながらやってきて寝ぼけ眼でキョロキョロと皆の顔を見渡した。



「あれ?」

「なんだ?」

「むーは?」



…――は?って、一瞬、固まる空気。むー?誰よ、それ。



「どこの女の名前呼んでンだよ」

「誰だよむーって」

「何言ってンだよ、むーってのは…………誰だ?あれェ?」

「はぁ…朝から意味わかんない。変な夢でも見てたんじゃないの」



腑に落ちない様子のルフィが頭を掻きながら朝御飯に手を伸ばした。むー、なんて女の名前がルフィから出てくるなんて誰も想像しなかった。ルフィもとうとう女性に興味を持ち出したのか、って思ったのはきっと私だけじゃないはず。当の本人はご飯を食べながらもやっぱり少し納得いってないみたいだけど…美味しい食べ物を目の前にしてもまだ“むー”の事が頭を離れないなんて、一体ルフィはどうしたんだろうか。



「むー…」

「なんだ?サンジも気になンのか?」

「いや、気になるっつーか…知ってるような気がするんだよなァ」

「あら…奇遇ね。私も知ってるような気がするの…誰か、どんな人だったかは…わからないけど」



…ああ、まただこの空気。皆の言うように“むー”っていうその名前を、私も知っているような気がする、でも、知らない。何処かの島で会ったのかしら…そんな記憶を探ってみるけど心当たりは見つからない。忘れてしまうようなそんな出会いだったなら名前なんていちいち覚えていないだろうし。胸に引っかかる、ずっと引っかかってる。この気持ち、この、不思議な感じは一体何なんだ。



「今日はこの船の大掃除をするわよ。要らないものは全部表に出して。迷ったものもいらない、迷うくらいなら捨てる!はい!行動開始!」



長い間、陸に下りる事なく海を漂い続けていたこの船にはもう随分と不必要なものが増えている。ゴミもそうだし、ボロボロになった衣服や小物もそろそろ片付けないと。女子用の部屋を片付ける。荷物はほとんど私とロビンの服や装飾物。着ない服もあるしお気に入りだったけどボロボロになった服もあって溜め息。下着もそろそろ買い換えなくちゃ。



「ねぇ…これは貴女の服かしら」

「どれー?…ええ?こんな小さいサイズ着ないわよ」

「そうよね…私の服でもないし、どうしてここにあるのかしら…」



ロビンが私に見せてきたものは、私やロビンが着るものより小さな洋服だった。一枚ではなく何枚か重ねられたそれは、着る人が分からない今は不気味でしかない。今までどうして気づかなかったのだろう、こんな解りやすいところに置いてあるのに気付かないなんて、どうかしてる。いつからあったのかさえ分からない。私やロビンが気付かないなんてありえないわ。溜め息を吐いて部屋を出ると、そこにはおやつを囲んだ皆が集まっていた。ここ数日感じている違和感と不思議な出来事をみんなに話してみると、皆からも次々にそんな話が出てきた。



「時々よォ…ここまで来るまでに色んな事があったなァって思い出そうとすると、何か色々抜けてる気がするんだよ」

「ウソップの記憶なんて信じらんないわよ」

「うわァぐさっときたぞナミ!」

「…でもそうなのよね。…アーロンの基地をぶっ壊したとき、私…一体誰と一緒にいたんだろう。誰かが私の手を、繋いでてくれた…気がするんだけど」

「お、おれも!空島に行った時、誰かに守ってもらったんだ、誰か…誰だったか…」

「空の騎士じゃなくて、か?」

「違うんだ、空の騎士が来る前、おれ一人で闘ってて殺されそうになったとき…誰かが、盾になってくれたんだ!」



不思議な話がたくさん出てくる。ウソップの言うとおり、私たちの記憶はどれも曖昧で、辻褄を合わすには何かが足りない。私の手を握ってくれていたのは誰?あんなにも心を救われた、その相手を忘れるなんてありえないのに、どうしても思い出せない。夢でもみてたのかしら、なんて、そう思うには、あの温もりも力強さも、どれも記憶は鮮明すぎる。



「なんだろうなァこの感じは…」

「大事な何かを忘れてるみてェな」

「そうね。大切な…何かを。…まるでーー」



ロビンが言うーーーまるで。まるで、ここにいるクルーの他にもう一人、誰かがこの船に乗っていたかのような、そんな感じ。誰も知らない、だけど皆知ってる。皆もう気付いてる、だけど誰にもわからない。私たちは何を忘れているの?忘れている事さて忘れてしまっている、そんな事あるのだろうか。長い夢でも見ていたの?見させられていた?ありえない。記憶を操られていた、それにしては、残っているものが多過ぎる。



「なんかわかんねェけどよォ…たぶん、楽しかったんだよ、おれ達は!それでいいじゃねぇか!」



ケロっとしたルフィがそう言った。それもそうか、と、その言葉に胸が熱くなる。この気持ちはなんだろう。誰を忘れてるのだろう、何を、失くしたんだろう。それは全てわからないけど、でもきっと、ルフィの言うとおり。楽しかったんだよ、きっと。私たちの曖昧な記憶の誰かは、どれも私たちを突き放したりするような人じゃなかった。きっと一緒にご飯を食べたり、一緒に色んな旅をしてきて、一緒に色んな話をしたんだろう。



「さて…冷めちまう前におやつの時間だ」



この世界には不思議なこと、不確かな出来事はたくさんある。今回のことだってきっとそう、山ほどあるそれらの中の一つの出来事だったのかもしれない。…もう考えるのはやめにしよう、そう決めた私はサンジくんが作ってくれたおやつを口に詰め込んだ。


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