気付いたら寝ていたらしい。朝起きたらお腹も空いていた。昨日はあんなに泣いたのに、今日起きたら昨日のことが全部嘘だったんじゃないかって言うくらいの気持ちだった。だけど部屋には何もない。みんなの声も聞こえない。現実だったんだ、と思い知らされるとまた、何かがズシンとのし掛かってくるように胸が重く、苦しくなる。
この船の食料庫には食料は残っているのだろうか。それすら分からない私は、部屋の隅に置かれているあの食料を抱えてキッチンに向かった。キッチンももう空っぽだった。もう本当に何もないんだ、って、分かっているはずの現実が更に押し寄せてくる。
外からカンカンと聞こえる音がして、ウソップが船の修理をしてるんだと思う。私はそんなウソップの元に、すぐに食べられる肉まんを数個抱えて向かった。



「おお、起きたか!」

「ん……お腹空いてない?」

「んああ、そーいや腹減ったなぁ」



そんなウソップに肉まんを渡すと、笑って受け取り、ガツガツと食べ始めた。私も壁に寄りかかって肉まんを食べる。当然だけどもう冷たくて、昨日食べたときより美味しくなくなっていた。



「おいおい!!!アクア・ラグナっていう“高潮”がここへ近づいているんだってなァーっ!!!」

「そうそう!!!今日の夜中にはこの町は海に浸かっちゃうんだぞ!!!この海岸だってどっぷりさ!!!」

「大変だ!!!じっとしてちゃダメだな!!!早く高ェ場所へ避難しねェと!!!」

「そうそう!!!早く避難しよう!!!避難避難っ!!!」



遠くの方から聞こえたそんな二つの叫び声は、静かなこの場所によく響く。聞き慣れたような声に、もしかしたら…――なんて期待もあった。外を覗いたらそこには数人の町人が歩いていただけだった。そんなわけ、ないか、って。自然と漏れる溜め息。



「高潮がどうとか…そういややけに風が強ェな…」



ビュービュー吹く風がほんの少し肌寒い。修理を再開させた金槌の音が響いて、余計に虚しい気持ちになる。カンカン、ビュービュー、響く音はその2つ。私は膝を抱えて、修理をしているウソップのその背中を見つめる。



「…――むーはよォ。俺らがこの船に来たとき、あのベッドで寝てたんだよなァ」



手は休めずにそんなことを話し出すウソップに、私は小さく「うん」って返した。あのときはまだサンジもチョッパーも、ロビンも居なかったんだったっけ。懐かしい出来事が私の頭に浮かぶ。



「この船はよ、俺にとっては大切な船なんだ。ルフィたちにとってはそうじゃねェかもしれねェけど、この船は…俺の大切な人からもらった、大切で、かけがえのない、たった一つの船…たった一つのメリー号なんだ」



その手は優しくメリー号を撫でる…――そんなこと、全然知らなかった。朝起きたらこの船にいて、言っちゃえば成り行きで一緒に居させてもらってた。だから皆がこの船に来るまでの経緯なんて何も知らなくて、だから、ウソップがあんなになってこの船を守ろうとした意味を、今やっと知ったのだ。喧嘩してまで守る理由がそんなところにあったなんて。



「メリー号に残る理由は、俺にははっきりしてる。けどむーはそうじゃねェ…俺が勝手に引き留めて…傷付けちまっただけなんだ」



金槌を持っていた手を下ろし、その視線はゆっくりと下を向き始める。ウソップの言いたいことが、今の私には分からなかった。



「あの時俺が言ったことは嘘じゃねェって思うし後悔もしてねェ。けど守られてばっかでここまできて、今さらむーに“一緒に戦え”なんて言えねェ」



ゆっくり振り向いたウソップは、なんとも言えない寂しげな表情で私を見詰める。



「分かってんだ、俺じゃむーを護り切れねェって。護ってやりてェけど…俺には出来ねェンだ」



拳を握りしめて、ウソップは眉間にシワを寄せて強い視線で私を見る。



「あいつらンとこに戻れよ。むーを護れるのは俺なんかじゃなくてよ、悔しいけど、やっぱりあいつらなんだよ」



強い風が私とウソップの間を通り抜ける。いつの間にか持ってきていた愛用の肩から掛ける鞄を私に向けて放り投げた。



「雨が強くなる前にあいつらに会えるよう願ってるからよ。そうはいかなくても町の人が助けてくれるさ、心配すんな!」



私の腕を引っ張り、必然的に立たされた私はそのまま歩かされる。船を降りると、ウソップは私の手を離した。



「じゃあ、元気でな」



最後に見たのは笑顔だった。一人残された私はどうすることもできず、消えていったウソップの背中を見詰めるしかできない。どうしよう今度は本当に一人ぼっちだ、なんて。込み上げてくる気持ちを唇を噛み締めて堪える。泣くことすらできない私に出来ることは、ただ歩くことだけだった。


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