静かになった空気が、これがウソじゃないんだと言うことをより一層感じさせる。ナミもサンジもゾロもチョッパーも何も言わない。皆はすでに知っていたようで、知らなかった私とウソップは、ルフィが言ったその言葉の意味を理解するのに時間がかかっていた。
「どうしても直らねェんだ、じゃなきゃこんな話しねェ!」
「―――この船だぞ…今おれ達が乗ってるこの船だぞ!!?」
「そうだ…もう沈むんだこの船は!!」
信じられないウソップと…――私。信じられないよりも信じたくなくて、今の私の顔はきっとひどいだろう。ルフィの言葉なんか想像もしていなかったのだ、そりゃ、信じられないに決まってる。ウソップが言った通り、今私たちはこの船に乗っているのだ。この都にくるまでこの船に乗ってきたのだ。
「……………………何言ってんだお前…ルフィ」
「本当なんだそう言われたんだ!!造船所で!!…もう次の島にも行き着けねェって!!」
「ハァそうかい…行き着けねェって…今日会ったばかりの他人に説得されて帰ってきたのか」
「何だと!?」
ウソップはルフィの言葉が信じられないようで、ルフィもそんなウソップを信じさせようと必死になっている。信じられない気持ちは分かるけど、誰もいつもみたいにツっこんだりしない。誰もふざけてウソだよなんて言わない。
唇を噛み締めたウソップは凄まじい形相でルフィに噛み付いていく。
「一流と言われる船大工達がもうダメだと言っただけで!!!今までずっと一緒に海を旅して来た、どんな波も!!戦いも!!!一緒に切り抜けてきた大事な仲間を!!お前はこんな所で…――見殺しにする気かァ!!!!この船はお前にとっちゃそれくらいのもんなのかよルフィ!!!」
ウソップが叫ぶ。それは事実で、だけどそれは大袈裟で、でも、確かに胸に刺さって。
まだ完全に良くなっていないウソップは血を吐きながらギリッと歯を食い縛り、荒い息のまま何も言わない他の皆を睨み付ける。
「じゃあお前に判断できんのかよ!!この船には船大工がいねェから!!だからあいつらに見て貰ったんじゃねェか!!」
「だったらいいよ!!もうそんな奴らに頼まなきゃいい!!今まで通りおれが修理してやるよ!!元元そうやって旅を続けて来たもんな!!よし!!さっそく始めよう!!おいお前ら手伝えよっ!!そうだ木材が足りねェな造船所で買って来よう、さァ忙しくなってきたっ!!」
「お前は船大工じゃねェだろう!!!ウソップ!!!」
二人の言い合いはまた始まる。無理に話を進めて動こうとするウソップにルフィがここまで言うなんて、胸が苦しくなるくらい、二人の声はグサグサと心臓に突き刺さる。心が重い。痛い。
「おうそうだそれがどうした!!!だがな職人の立場をいい事に所詮は他人の船をあっさりと見限るような無責任な船大工なんかおれは信じねェ!!自分達の船は自分達で守れって教訓だなコリャ!!!…――絶対におれは見捨てねェぞこの船を!!!バカかお前ら!!!大方船大工達のもっともらしい正論に担がれてきたんだろ!!!」
ウソップの言葉は、気持ちは止まらない。正直言えば、私はどうして彼がここまでこの船に執着しているのか良く分からないでいる。今までずっと一緒に色んな場面を潜り抜けてきたこの船が大事なのは分かる。分かるけど、解らない。
「おれの知ってるお前ならそんな奴らの商売口上よりこのゴーイングメリー号の強さをまず信じたハズだ!!!そんな歯切れのいい年寄りじみた答えで…!!船長風吹かせて何が“決断”だ!!!見損なったぞルフィ!!!」
「ちょっと待ってよウソップ!ルフィだって最初は!!」
「黙ってろナミ!!これはおれが決めた事だ!!!今更お前が何言ったって意見は変えねェ!!!!船は乗り換える!!!メリー号とはここで別れるんだ!!!」
「フザけんなそんな事は許さねェ!!!!」
「おいお前ら大概にしろ!!そんなに熱くなってちゃ話にならねェだろ!!!!」
見兼ねたサンジも止めに入るがそれも無意味。
「いいかルフィ、誰でもおめェみたいに前ばっかり向いて生きて行けるわけじゃねえ!!おれは傷ついた仲間を置き去りにこの先の海へなんて進めねェ!!!」
「バカ言え!!仲間でも人間と船じゃ話が違う!!!」
「同じだ!!!メリーにだって生きたいって底力はある!!!お前の事だもう次の船に気持ち移してわくわくしてんじゃねェのかよ!!!上っ面だけメリーを想ったフリしてよォ!!!!」
「いい加減にしろお前ェ!!!お前だけが辛いなんて思うなよ!!!全員気持ちは同じなんだ!!!!」
「だったら乗り換えるなんて答えが出るハズがねェ!!!」
「…………!!!じゃあいいさ!!!そんなにおれのやり方が気に入らねェんなら今すぐこの船から…」
「バカ野郎がァ!!!」
熱くなったルフィがウソップに馬乗りになり、それから、誰も聞きたくない言葉を言おうとした。サンジがルフィを蹴り飛ばし言葉は出なかったが、続く言葉は考えたくなくても簡単に想像がついてしまう。
「ルフィてめェ今何言おうとしたんだ!!!頭冷やせ!!!滅多な事口にするもんじゃねェぞ!!!」
「………………あ…ああ…!!悪かった今のは……つい」
「いやいいんだルフィ…それがお前の本心だろ」
「何だと……!!!」
「“使えねェ仲間”は…次々に切り捨てて進めばいい…!!この船に見切りをつけるんなら…おれにもそうしろよ!!!」
「おいウソップ下らねェ事言ってんじゃねェぞ!!!」
「いや本気だ…前々から考えてた…」
話が可笑しな方へ進んでいく。張り詰めた空気にざわつく胸が、何と無くウソップが言いたい事を予感させる。
「正直おれはもうお前らの化け物じみた強さにはついて行けねェと思ってた!!!今日みてェにただの金の番すらろくにできねェ、この先もまたおめェらに迷惑かけるだけだおれは…なァ!!!むーもそうだろ!!?」
突然話を振られ、呆っとしていた私はハッと意識をウソップに向ける。ゆっくりと苦しそうに立ち上がったウソップは凄まじい、苦しい表情で私に近付いてきた。そしてそのままガシッと、私の両肩を痛いくらいにギュッと掴んだ。
「今まで散々迷惑掛けて!!何かあっても何も出来ねェでただ見てるだけで!!いつも守られてるばっかりで自分だけ無傷で!!傷付いていく奴らを見て!!!何も思わなかったわけじゃねェだろ!!?」
「ウソップ!!むーを巻き込まないでよむーは関係ないでしょ!!!」
「…ナミが言ったみてェに所詮むーはこの船の大事な出来事にすら“関係ねェ”って思われてんだよ!!!」
「おいウソップ!!!!」
「弱ェ仲間はいらねェんだろ!!!」
肩を掴む力がどれだけ強くて痛くても、胸の痛みには敵わない。ウソップが私に言ったことは全て事実だから。今まで私が皆のために、この船のために出来たことなんて何もないような気がしていた。仲間だ大事だって言ってくれるその言葉の“優しさ”に甘えすぎていたのかもしれない…――そんな気持ちが私をどんどん締め付けていく。皆は少し優しすぎるのだ。
「ルフィお前は海賊王になる男だもんな。おれは何もそこまで“高み”へ行けなくていい…!!むーなんて元々海賊でもなんでもねェ普通の“女の子”なんだそんなところへ行く必要もねェ!!――思えばおれが海へ出ようとした時に…お前らが船に誘ってくれたそれだけの縁だ……!!意見がくい違ってまで一緒に旅をする事ねェよ!!!」
「おいウソップどこ行くんだ!!!」
「どこ行こうとおれの勝手だ。おれは…――おれらはこの一味をやめる」
「そんな……!!!ダメよ!!!待ってよ!!!」
「おい戻れ!!!…むーちゃんの意見も聞かねェで勝手に出て行くんじゃねェよ!!!戻ってこい!!!」
乱暴に私の腕を掴んだウソップがそのまま引っ張っていく。サンジの言葉に一瞬歩みを止めたウソップが私を見た。離して、私がそう言えばきっとこの手を離してくれる。だけどそんな言葉は喉をつっかえて声にはならない。ここに残ったって私は何も出来ない。これから一緒に行ったって迷惑かけるだけって分かってるから。思い知らされたから。私はウソップから視線を落として足元を見て、自分のズボンを握り締める。再び歩き出したウソップに合わせて、私もゆっくりと足を動かした。
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