誰もがオヤビンの勝利を確信していた。だけどルフィは、立ち上がる。真っ黒で傷だらけ、そんな姿でも確かに立ち上がっていた。会場はブーイングどころかさらに盛り上がる。
見えない方が良かったかもしれない、と、そんな事を思ってしまう試合だった。ルフィは手を出せないまま、ただオヤビンにやられるだけ。あのビームのせいで指一本触れられない、そんな感じ。ルフィは何度も飛ばされて倒される。だけどその度に立ち上がる。遠目で分かるくらいにルフィはボロボロなのだ。何故立ち上がれるのかわからない。その気力にはフォクシー海賊団の船員さえも押し黙ってしまうほど。



『今度こそ…!!!いやまだ!!!立ったァ!!!麦わらのルフィ!!!』



何度も何度も立ち上がる。もう辞めてよ、と、泣きたい気持ちが膨らんでいく。見ていられなくて下を向くと、残ったままのポップコーンがそこにあった。震える唇を噛み締めると、ゾロの大きな手が私の顔を前に向ける。



「見てやれ、目を逸らすな」



そう呟いたゾロの視線は前を向いたまま、私の方なんて見向きもしていない。その視線を辿っていくと、さっきと何も変わらない風景がそこにあって。倒れたルフィが、立ち上がって。



「…おれの仲間は…誰一人……!!!死んでもやらん!!!!」


『また立った麦わらァ〜!!!』



聞こえてきた声は、振り絞ったような力強い声は、とんでもない力を持っていると思う。理由はわからない。安心したのか、不安なのか、感動したのか、わからないけど胸がいっぱいなのだ。ぼろぼろ流れ出るのはきっと涙だろう。息をするのも苦しい。結局前なんか見えやしないのだ、この気持ちのせいで。



「最近よく泣くなァお前は」



隣から押し付けられるタオル。半笑いに聞こえるゾロの声はとても優しい。
泣いているのは私だけではない。私とチョッパーとウソップだけでもない。フォクシー海賊団の船員たちも皆が泣いているのだ。聞こえるのは甲高い歓声なんかじゃなく、響き渡るひきつったような嗚咽。皆が泣いていると何故だか自分もそんな気持ちになるけれど、今はそれもあってもう涙の種類は分からない。



『仲間の為!!!そうだこれが「デービーバックファイト」!!!私涙で…!!!涙で前が見えばぜん!!!』



会場に響き渡るのは“ルフィ”コール。全てが私の胸を刺激する。今なら何を言われても泣いてしまうかもしれない。最近よく泣く、ゾロに言われた通りだと私自身がそう思う。
コールはすぐに“オヤビン”に訂正されるけれど、きっと皆の気持ちはルフィを応援してしまっているのかもしれない。不思議な力を持っているのだ、ルフィは。彼は人を惹き付ける力があって、何て言うかまるで、太陽、なのだ。



「畜生あいつもう逃げる力も残ってねェのか…!!?あんなルフィ見てられねェよ!!!」



何度かむせる私の背中をゾロが擦ってくれる。何とか止まった涙だけど、赤くなっているであろう鼻と口を隠す為にタオルは手放せない。目蓋が熱い。
ルフィは倒れていた。動く事さえ辛そうなルフィに、オヤビンは最後の攻撃を加えようとしているらしい。小さな飛行機のような乗り物に乗ったオヤビンは、ゆっくり、ゆっくりとルフィに近付いていく。



「ルフィ!!お前の方が一瞬早くビームを受けてる!!自由になったらすぐに避けろ!!!」



サンジが声を張り上げる。ビームが解け自由に動くようになったルフィはすぐに立ち上がり走り出した。その直後にオヤビンの方の動きも速くなり、二人はぶつかる。顔面に受けたであろうパンチにルフィが飛ばされ、オヤビンも反対側に飛ばされたが乗り物だけが彼に向かっていく。そしてその瞬間、聞こえた爆発音と見えた真っ黒な煙。ああ何なんだ、今日の戦いはなんて酷いものなんだろうか。…今日に限らず戦いはいつも酷いものだけど。



『た!!!た!!!た!!!…!!!また立ったァ〜!!!』



どれだけ強いのだろう、ルフィは。周りからは驚きを通り越したような悲鳴が聞こえている。
二人は向かい合い、睨み合っている。恐らく次で最後なのだ。理由はない、ただの勘。二人のパンチがお互いを攻撃。打ち合いは止まらず、あまりの激しさに煙も上がっている。もうわからない。だけどピタッと二人の動きが止まる。またビームなのかもしれない。



『た!!……倒れたのは麦わら………!!!いや!!!違う!!動いたのが…麦わら!!!これは一体どういう事だァ!!?』



実況の通り、何故か“動いた”のがルフィの方だった。ポカンとしている。そして耳に入ってきたのは実況の“鏡”という言葉だった。
ルフィが腕を振り回している。そして攻撃を浴びせる。動かないオヤビンを見ているとまるで効いていないように見えるけれど、ルフィはスタスタとその場を離れていく。



「……あと8秒」



始まるカウントダウン。合唱するように響き渡るカウントが、皆のテンションも上がっていく。カウントが3になり、2になり、1になり、そして……“0”になる。



『ゲームを制したのはなんと…!!!麦わらのルフィ!!!』



一人で飛ばされているオヤビンは不思議なものだったけど、その瞬間決まったのはルフィの“勝利”だった。


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