何も考えられない。自分自身がもう空っぽになったような、そんな気がしたまま私はただ蔓を見上げた。空を飛ぶ、舟を見上げた。
そこにはナミが、ルフィが…エネルが、いる。
「…あ!!危ねェまた何か落ちて来る!!!」
「何だ…」
「ぎぁあああ〜っ!!全員ふせろ〜!!!」
見上げていた空からまた何かが落ちてくるのに、座ったまま動けなくて。怖いっていう感覚がスッポリ抜け落ちてしまったかのように、ただそれを、見上げていた。
「…ッにしてんだオメェは!!」
「……ご、め…ん…」
「………いや…………悪ィ……」
腕を引いて助けてくれたゾロは動かなかった私に怒りを見せたけど、何故かすぐに謝ってくれる。
こんな出来事に浮かんだ感情は恐怖より不安、それより、罪悪感。後悔。…私だけじゃないのに。そう思うと、自分の弱さを感じる。結局何も変わってないんじゃないかって。結局やっぱり、変われてないんだ、って。
空から落ちてきたのは巨大な蔓に見合った巨大な葉っぱだった。そこに書かれていたのは「この巨大な蔓を西に切り倒せ」ということ。
「そうすればどうするん………!!うわっ!!見ろあれ!!!」
さっき島を一つ消し去った球状の雷雲が再び空に現れる。大きさはさっきの何倍にもなり、不気味な威圧感と圧迫感を与えられている。…もしあれがさっきのように島に落ちたとしたら……跡形もなく消える。全てが、無くなる。
「……もう逃げられねェんだ…!!!」
逃げられない、んだ。
ルフィのやろうとしていることは、皆にはすぐにわかったらしい。“倒れ掛けた蔓を渡って舟まで飛ぶ”んだと。もう逃げられないなら、死んでしまうしかないのなら、やらないよりも、やるしかない。やってもらうしかない。
倒れたら危険だからと私たちは蔓から少し離れた場所に移動をする。迷惑かけちゃいけないと、動こうとしない足を無理やり動かした。ゾロは走り、落ちてくる雷を避けながら蔓に刃を入れ、一部が切り落とされたのがわかった。
その瞬間、狙ったように雷はゾロに向けて伸びていき、光を放った。
「うおお!!!ゾロ!!!」
「……っ!!!」
「…彼は大丈夫よ……きっと」
ロビンが私の髪をそっと撫でた。込み上げてくるものを感じながら蔓の行方を見守る。だけどどうしたことか、蔓は倒れるどころか傾きもしない。どうすればいいのかなんてわかるはずもない。考えたって、出てくるはずない……と、ドシーンという音と共に地面が揺れる。
蔓がグラグラと揺れる。倒れるのか、と僅かな期待。だけど期待は裏切られ、少々傾いただけで倒れることはしない。巨大な蔓は、思っていたよりも随分と強い。
「無理だよワイパーやめて!!!」
「黙ってろあの鐘は…カルガラの遺志を継ぐおれ達が鳴らしてこそ意味がある…!!!あの麦わらに何の関係があるんだ!!!」
「放っとけロビン!あんな重症マンに阻止されるもんか!!あの蔓を倒すのが先だ!!!上でルフィ達が待ってる!!」
ウソップが蔓に向かって色んな物をぶつけていく。…動くはずもないけど。
「400年前…青海である探検家が“黄金郷を見た”とウソをついた。世間は笑ったけれど彼の子孫達は彼の言葉を信じ、今でもずっと青海で“黄金郷”を探し続けてる。黄金の鐘を鳴らせば“黄金郷”が空にあったと彼らに伝えられる…“麦わら”のあのコはそう考えてる」
ロビンの視線が一瞬私を捕らえ、私の頭に乗っている麦わら帽子を見て小さく微笑んだ。
クリケットさんたちのことだと直ぐに分かる。そしてここに来た時のことを思い出した。私たちがここに来る、その為に彼らは身を削ってくれた。応援してくれたんだ。
「素敵な理由じゃない?――ロマンがあって………こんな状況なのにね…脱出の好機を棒に振ってまで……………どうかしてるわ…」
空が光り、すぐ近くに雷が落ちる。
「…………………モンブラン・クリケット………ならば400年前の………!!先祖の名は……――ノーランドか」
背中しか見えなかった。だけどその声、その身体は確かに少し震えていた。振り返った彼の目は何かを睨み付けるように鋭く、強く、確かにその瞳は輝いていた。
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