唇を痛いくらいにきつく噛み締めて、膝に顔を埋めたまま張り裂けそうな気持ちをグッと呑み込んで、自分の足を固く強く抱き締める。ドアが開いて誰かの足音がすぐ隣で聞こえた。…“誰か”ではない。もうここにはきっと“エネル”しか、いない。その足音は私の前で一瞬止まったが、すぐにその足は動きだした。きっともう私になんて何の興味もない。これからの事なんか、考えたくもなかった。
「おいむー無事か!」
ガタン、と勢い良く入ってきた声に顔を上げると、そこには傷だらけのウソップがいた。――誰もいないと思ってた。その顔を見ると安心して、堪えてた涙がぼろぼろ流れ落ちる。
「泣いてる場合じゃねェ!ここから出るぞ!早く立て!!」
促されるまま、涙を拭って頷いて私も外に出て。すぐ目に入ったのは、真っ黒に焼け焦げたサンジの姿。彼のこんな姿を見るのは二回目で、また泣きそうになる気持ちを振り払って、ウソップと一緒に彼を運んだ。
「し…しっかり掴まってろよ…」
ゴクリ、とウソップが唾を呑む。私の腕をウソップが痛いくらいにしっかりと握ってくれて、私も同じように彼の腕をしっかりと掴む。女の子だからって、むやみに抱えるのはやめてくれたらしい。
ウソップが足に装着したバネをつかい、舟から遠い場所まで跳んだ。あとは下に落ちていくだけ。離しそうになる手に力を込め、腕を掴むウソップの手にも更に力が加わった。すごく痛いけど、今はその力強さが私を安心させた。
「あああああああああ落ちる!!ぶつかる!!ぶつかって死ぬーっ!!!ああああああアーッ!!」
ウソップの叫び声は落ちている間中響き渡り、そしてその声は辿り着いた地面の雲によって吸い込まれた。叩きつけられたけど、痛みはほとんどない。
「ウソップ!!サンジ君!!…むー!!!」
「…ナミっ…!!」
「その声はナミ!無事だったみてェだな一安心だ」
「サンジ君無事なの!?ごめんね私達の為に!!」
「いやァサンジ!!男だったぜ…おい!死ぬんじゃねェぞ!!」
ナミは私達三人を見て、酷く安心したような泣きそうな顔をしていた。頭だけ埋まったウソップをナミが助けだした。私の所に駆け寄ってきてくれたナミは、よかった…と呟いてそっと私を抱き締めてくれる。安心したらまた、泣きそうになった。
「見てあのおっきい蔓!!私が遺跡で見たものと同じなら…ここは遺跡の上にあった“島雲”」
「遺跡って…お…黄金郷か!?あったのか!?」
「ええ…でも黄金は全部エネルの手中―――とにかくこの下に遺跡があって、ゾロ達がいる筈!!」
「地形の事はわかんねェがここはヤベェって事はわかるぜ」
「そうね乗って!!みんなを探して島から脱出を!!!」
ナミがウェイバーに乗り、私たちに乗るように促した。私はナミの後ろに乗り、ナミのお腹にしがみ付く。その後ろにサンジを抱えたウソップが乗る。
「……このスカイピアにはもう…安全な場所なんてないのよ!!!」
浮かんだ舟を見たナミがそう言って、ウェイバーは走りだした。ウソップは後ろでありえない踏張り方をしてるらしい。ただでさえサンジを抱えているし、大人三人が乗るんだから場所だってギリギリ。サンジが落ちないように押さえる腕とは反対の、バランスを取るように宙を彷徨うウソップの腕を掴んだ。
「…っ掴まってないと危ない、!」
「わっ…悪ィな…!」
ウソップの右腕が私のお腹に回り込んできた。遠慮してるのかわからないけど力はあんまり入ってなかったけど、余りのスピードにウソップの腕はガッチリ私にしがみついていた。
目的の場所はすぐに辿り着いた。そこにはロビンがいて、アイサちゃんも元気そうにしている。ウェイバーから降りるとアイサちゃんがナミに飛び付いていく。
「ロビン、大丈夫だった…?」
「ええ…あなたこそ無事だったようね」
薄ら微笑むロビンを見て、また泣きそうになる。だけど今はこんなことしてる場合じゃなくて、無事だったのは、ロビンだけだと再認識。ゾロもチョッパーもガン・フォールさんもワイパーさんも、みんな意識は戻らないまま。ルフィも無事だと聞いた。だけどついさっき、私とナミを助けようと蔓を登っていったとも聞いた。
みんな、無事だった。みんな、生きてる。それだけで胸が熱くなる。
――バリバリ…ッ
と、聞こえた次の瞬間の凄まじい爆音に意識は戻される。辺りはまた暗くなる。心臓が跳ねる。
『さァ…“宴”を』
真っ黒な空から伸びる無数の光と音が、私たちを再び絶望へと導いてゆく。
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