空に来た時のあの夢も、雲に降り立ったあのときめきも、ルフィが来てくれた時のあの心強さも、今はもう何もかも全てが消え失せそれは“絶望”へと変わり果てていた。残るのは、ルフィが被せてくれた麦わら帽子だけ。



「この方舟“マクシム”が発動した今、泣けど騒げどもうこの国の助かる道はない」



舟は空に浮かび、ゆっくりではあるが確かに前に進んでいる。
エネルはぐったりした様子であの椅子に腰掛けた。私ももう疲れ果てて、ナミの傍にへたりと座り込んでいる。



「…………どうした。せっかく生き永らえたのだ…至らぬ者達など切り捨てろ…貴様とて先に望む未来もあろう…」

「…………望む未来………?ええあります……だけどこのままあなたと行けば、私達は孤独も同じ…望むものを一人で手に入れて何が楽しいの?」



ナミの震えた声が言う。私の頭の傍にあるナミの左手は、ぎゅうっと固く握られる。



「ほんとは…!!!やりたい事も欲しい物も…たくさんあるけど……このままあいつらを捨ててあんたと一緒に行くくらいなら!!!…私もう!!!何もいらない!!!!」



その声は、泣いていた。
私だってまだまだやりたい事も欲しいものもいっぱいある。だけど1人になったら、その何もかもが無意味になる。それに今、私たちに必要な物はエネルと一緒に居る事じゃない。私たちが望む未来は……――皆と一緒に過ごす未来。
ぎゅうっと締め付けられて、淋しくて不安でそれから怖くて、我慢してた感情が全部流れていくみたいに、何も考えられずにただ、泣いてた。



「あまり利口な言動とは言えんな。これでお前は生き残れる術を失ったのだ…………!!!…………あるいは………紛れ込んだ2匹のネズミにでも希望をかけてみるか…」



エネルの言葉が頭を通過しようとしたとき、それは最後の言葉で留まった。ハッと顔を上げると、エネルは気にもしていないかのように淡々と述べ、笑っていた。



「本気で貴様らを救出に来たらしい…バカバカしい限りだな」



流れる涙を拭って息を整え、エネルの言葉を考える。私たちを助けに来てくれた人が2人居たとして、それが一体誰なのか。ゾロもロビンもサンジもウソップもチョッパーも、みんなエネルにやられて倒れた。ルフィだって今さっき下へ落ちていって……と、考えながらまた泣きそうになる。
バチッていう音が聞こえてエネルを見ようとしたが間に合わず、ナミは私を思いっきり押して自らもその場を離れた。理解したのはその時。エネルに攻撃されたんだと思うとまた、背中に汗が伝った。



「むー!!エネルの後ろに下がってて!!!」

「ヤハハハハ…面白いじゃあないか小娘…!!!」



ナミは私からどんどん離れた場所に移動し、私も言われた通りエネルの後ろに移動した。黄金を背にして、膝を抱えるように縮こまる。
ナミが何をしたのか私には分からなかったけど、それはエネルにしたら“面白い”ことだったらしく、満足そうな笑い声を上げた。確かにナミは、手に持った棒を使ってエネルから放たれる電気を全て器用に弾いている。ナミは今、エネルと戦っている。だけどエネルにしたらきっと、遊んでいるだけ。

一層眩しく光を放ち、それがナミへと向けられる、



「私は忙しいんだ消え去れ!!!」

「……ナミ、っ」

「てめェが消えろ!!!“火薬星”!!!!」



ナミがやられると、絞りだした声と重なるようにして響いたのはよく聞き覚えのあるあの声で。それと同時にエネルの入る場所で爆発が起きた。すぐ隣にあったドアは開いていて、そこに立っていたのはウソップだった。だが彼の攻撃はいとも簡単に封じられていた。
状況を確認するような少しの沈黙。



「ご…ごめんなさい」

「ウソップ!!!」

「…貴様だったのか……船で会ったな」

「ハァ…ハァ…あ…あれ!?サンジは!?」

「え!?サンジ君!?来てるの!?」

「まだ来てねェのか!?ここにっ」



また流れる沈黙。次の瞬間バタンっと閉じられたドアに、思わずナミが突っ込んだ。再びそろっと、少しだけドアが開くとその隙間からウソップは私を見付ける。そして彼の左腕が伸びてきて私の腕を掴み、中に引きずり込んだ。



「…ウ…ウソップなんで……怪我は………」

「ンなの平気だってんだ!いいか、むーは危ないからここに居ろ!!ここで静かにしてれば多分…きっと……恐らく大丈夫だ!!!」

「……ウソップ、」

「…お……おれは………………………………神が何だ!!!」



凄く考えてたけど、覚悟を決めたようにウソップは飛び出していった。勢い良く閉じられたドアの向こうから聞こえた爆発音と舟の揺れにぎゅっと目を瞑る。何度も聞こえた爆発音。向こうで何が起きているかは、何と無く想像がつく。だけどナミとウソップが無事なのかはわからない。……や、大丈夫、きっと、2人は絶対、大丈夫。
固く拳を握りしめ膝を抱え、そこに顔を埋めて涙を堪える。泣いちゃいけないんだって、何でかわかんないけどそう思った。そうしたら“カツ”と、私の目の前で靴の音がした。ハッと顔を上げ、更に上を見上げようとすると、被った麦わら帽子が押さえられて視界が帽子になる。



「無事でよかったぜ」

「………さ、サン…ジ……!?」

「よく頑張ったな。おれは行くが…あとはウソップが何とかしてくれる」



声が震えて、堪えてた涙が落ちそうになる。麦わら帽子が上げられ視界が広がると、そこに居たサンジは笑ってしゃがみこみ、私と視線を合わせた彼の大きな手がそっと私の頬に触れた。



「だから泣くンじゃねェ」



私の涙は彼の親指により掬われる。もう一度軽く私の頭に手を乗せると、立ち上がって爆発音が轟く外へと出ていった。そして聞こえた、爆発音。何があったか、何故だか分からないけど予想が出来た。だから恐かった。きっとサンジは…きっと……。
だけど泣かない、泣いちゃいけない、サンジだって泣くなって言ってた。…そうやって、込み上げてくる気持ちを必死で胸に押し止めた。


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