まるで何事もなかったかのように、薄ら笑いを浮かべながら私たちを見回すエネル。戦士ワイパーと呼ばれた彼は、絶望の表情でエネルを見据え…膝をついて倒れこんだ。



「憐れなもんだ…戦士ワイパー」

「……おれの名を…!!!」

「ん?」

「気安く呼ぶな!!!!」



悲痛な叫びがこだまする。彼が何を思っているのか、彼が何を感じているのか、私にはわからない。だけどその叫びに込められた感情は、まるでえぐるかのようにして私の胸を傷めていく。
もう限界のはずなのに、何度やられても立ち上がり、その度にボロボロになっていく彼を見ているのはとても苦しい。全身に入った力は緩むことなく、身体をガチガチに固めてゆく。恐怖に支配された今の私ではもう、その場を動く事すら、自分の意志でも叶わない。



「さっきのは…効いたぞワイパー。海楼石とはくだらんマネをしてくれた。並の人間では“排撃”など一発で自殺行為。二発撃ってまだ立ち上がるとは流石じゃあないか…だが相手が悪い」



エネルは余裕の笑みを浮かべたまま「3000万V…」と呟き、背中の太鼓を一つ、軽く叩いた。するとバチバチッと電気の流れる独特の音がし、太鼓はみるみる“鳥”へと姿を変えていく。



「“雷鳥”!!!」



ヒノ、と叫ばれた雷鳥はバリリリッと凄まじい音を立て、ワイパーさんに向けて飛び掛かっていく。何が起きるか安易に想像が出来た。目を逸らしたり瞑ったりする事も出来ないまま、それは、起こる。ゴロゴロバリバリって、そんな音がまるで悲鳴かのように辺り一面に響き渡る。真っ黒に焼け焦げた姿が倒れると、今度は



「“雷獣”!!!」

「ゾロ!!!!」

「ぐァアアァア!!!!」



ゾロ、が、――倒れた。身体がガタガタと震え、恐怖に息を取り込むリズムが乱れ、力が抜けその場にドサッと崩れ落ち、座り込んだ。離れた場所には同じように座り込んでいるナミがいる。
静かな空気、微かな風が身体を掠めた。
ザッ、と、砂を踏み締める音が聞こえる。恐怖に目を向ければ、エネルが私たちの方を向いている。ガタガタと止まらない震え。今度は私たちの番だと、そういう事なのだろうか。



「…………なぜ立つ。どうせ死ぬのだ楽に逝けばいいものを、永らえてどうなる…これに耐える意味があるのか」



エネルが話し掛けているのは私たちでは無い。彼の後ろに立っている、ワイパーさんだ。
ワイパーさんはもう真っ黒に焼け焦げた、身体からは煙が立ち上っている。そこには表情がなく、目はもう、生きてはいない。
過去の争いから長い年月が経った今、たった一人だけで立ち向かう戦士ワイパー。今さらなぜ立ち上がるのだとエネルは問い掛ける。そんな問い掛けにワイパーさんは、しっかりとした言葉を放つ。



「先祖の為!!!!」



何の躊躇いも、何の迷いも無いその言葉。その言葉を放った本人に意識や意志があるのかはもう分からない。きっと気力や信念だけで立ち上がり、言葉を紡いでいるんだろう。締め付けられる胸の痛みは、ツンと鼻の奥に込み上げてくる形に変わり、涙となって視界を滲ませてゆく。
ワイパーさんの頭上には、バチバチと耳を塞ぎたくなるような音と共に、雷が固まったであろう大きな塊が光を発しながらそこにある。



「“神の裁き”!!!!」



爆風と共に飛んでくる砂埃や地面の欠片。腕を前に出し顔を背け、それを避けるが事態はすぐに収まった。



「……ゾロ…ロビン…!!」

「…貴様ら2人だぞ…残ったのは…」



エネルが私たちのすぐ目の前にまで迫ってきていた。腕には電気をほとばしらせ、私たちが何かしよう物なら直ぐにでもそれにやられてしまうだろう。
零れ涙が自分の脚に落ちる。
すぐ傍には、焼け焦げ、傷だらけの姿のみんなが居る。ピクリとも動かず、呼吸をしているのかどうかさえも確認できない。死んでいても可笑しくないその姿に、私は何も言えずにただエネルの姿を見つめた。



「……ハァ………私………………あ………私…………!!!……連れてって下さいっ………!!!……ついていきます!!あなたに…夢の世界っ」



ナミの言葉に驚きを隠せず、彼女を見た。健気に振る舞ってはいるけど、その身体は確かに震えている。笑顔の狭間、時折見せる表情は恐怖に染まっているようにも見える。



「ヤハハハハ…よかろう…ついて来い……お前は?どうするのだ?」

「………あ………わ……私…………」

「……むーっ…!!」



ナミに向いていた鋭い視線が私に向き、怯んだ。必死で紡ごうとした文字も言葉にならず、恐怖に呼吸が荒くなる。だけど私の名前を呼んだナミを見て、わかった。ナミは何か考えがあるんだって。…こうするしかない、のかもしれないけど。
声を出すのは私にはまだ出来なくて、代わりに何度も首を縦に振る。



「お前も来るのだな?ヤハハ…それでいいのだ…」



満足そうに笑い声を上げた。ガタガタと相変わらず震えが止まらない身体。どうなるかなんて何もわからないけど、ナミがいないと私はきっと一人ぼっち。



「……大丈夫……きっと…………大丈夫………!」



自分に言い聞かせるようなそんな言葉に、私も大きく頷いた。隣に来てくれた、ナミが握ってくれた手が温かくてまた涙が零れ落ちた。



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