初めて君を見たのは確か氷帝と練習試合をしたとき。よくこんな我が儘な皆の世話なんてしてられるなぁって感心したのが最初。働き者のマネージャーだ。
部活がなくてブラブラ街を歩いてると見慣れた制服。あれは確か氷帝の制服だ、と無駄な知識ですぐに認識。かわいい子かな〜と観察しているとその横顔は見覚えのあるもので。可愛い子の事はなかなか忘れないからね〜と、近づけばやっぱり。


「あれ。もしかしてむーちゃん?」

「…あ、っと……千石くん?」


振り向いた彼女は驚いていたけど、すぐに俺の名前を呼ぶ。話した事とかないのに覚えてくれてるなんて俺ってもしかして有名人?なんて、彼女は氷帝テニス部のマネージャーだからなぁとすぐに思考は訂正される。
ニコニコというよりもヘラヘラしている彼女は、なんか申し訳ないけどあんなにハードなマネージャー業をこなせそうには見えはしない。
特に話したい事はなかったけど、話し掛けた側からしたら話題を途切れさせるのは何だか気まずい。どうでもいいよう事ばっかりひたすら質問。だけどずっとニコニコしながら丁寧に答えてくれる彼女は凄くいい子だと思う。


「千石くんはさ、」

「ん?なになに?」

「自分の話はあんまりしないんだね。もしかして苦手?」

「…え?……うーん…そんなことないんだけど…」


突然だった。なんか余りに突然だったから自分の動きが止まった。自分でも分かるくらいだから我ながらビックリしたんだなぁ、と。うわあ珍しく、ちょっと困っちゃったよボク。どうしよう。


「でもなんかね、ずるいよ千石くん。私のこと話すのはいいんだけど、なんか…千石くんの事ももっと知りたいな」

「…そ、っかぁ」



適当に並べていた話題だから内容はあんまり覚えていないけれど。…こういう所が軽いって言われるんだろうか。まぁそれはいいとし。彼女の言っている事は確かにそうだとも思った。自分のこと話さないかもなぁ、やっぱり、適当な話題ばっかり並べているから。だって女の子を口説くのに自分の情報は必要ないでしょ。話したって、ねぇ、どうせ興味ないんだよ、俺も女の子も、所詮お互いの事なんか知った所でどうすんのって話。それでも俺が質問するのは、話題作り。女の子と話したいのは事実だからね。
でもなぁ、ずるいって言われた事はなかったかな。初めてだったから困っちゃった。


「よく人を観てるんだね」

「マネージャーやってるから!みんな意地っ張りだから、ちゃんと見てなきゃいけないんだ」

「うん、優秀なマネージャーだ」


彼女が浮かべる笑顔は、何だか惹かれるものがある、ような、気がする。俺にはないような、滅多に見ることが出来ないような真っ白な笑顔を見せてくれた。俺には勿体ない。だけど、目が離せない。綺麗な笑顔だなぁ。



「私で良かったら何でも話してね!」

「あ、じゃあ携帯番号交換してくれる?」

「あは、うん、いいよ」

「やっぱり今日はツいてるなぁ」


こんな軽いノリで聞けちゃうなんて本当にラッキーかも。なんか変な方向に進んじゃったけど、不思議と悪い気はしない。それはきっと眩しい彼女の笑顔の効果。…なのかな、わかんないけど。
わかんないけど、何だか初めての感覚にフワフワする気持ち。下らない質問ばっかりしていたけれど、何だか、ちゃんと聞いとけば良かったなぁって。どんな事を話してくれるんだろうって、珍しく興味が湧いてくる。なんだか不思議な感覚だ、ほんとに。


「君ともっと話してみたいなぁ」

「ほんとに?ありがとう!」

「じゃあ今度は僕の事も聞いてもらおうかな。興味ないかもしれないけど」

「何でも聞くよ!届かない言葉なんてないんだから」

「うーん、さすが!いいこと言うねぇ」

「誰かが言ってた気がする」


あはは、と浮かべた笑顔と、彼女の言葉が何だか胸に響いてた。届かない言葉なんてない、なんてドラマの台詞みたいな事をサラっと言えてしまうなんて。冗談ぽく笑ってみせたけれど、その言葉は意外としっかり、胸に焼き付く。俺の言葉なんかでも、彼女には届いているのだろうか。


「むーちゃん」


小さく呼んでみた名前に、彼女はしっかりと振り向いてくれた。思わず伸びそうになった手を無理矢理上げて軽く左右に振る。手を伸ばしたとしてもきっと、君には届かないのに。僕と同じように君は笑いながら照れ臭そうに小さく手を振ってくれた。
少なくとも、僕の言葉は彼女にはしっかりと届いている。そしてどうやら彼女の言葉も、確かに僕に届いているようだ。


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