ここ数日、部長にもかかわらず全く部活に参加できていない。勿論気にはなる、が、こっちの仕事も途中で投げやるわけにもいかない。一度は生徒会役員である他の連中に任せてみたが余りの量にやる気もなくなったのだろう、結局俺の仕事になる。
時間も時間、外は真っ暗。長い時間をかけた甲斐もあり、今日、明日中には終わりそうだ。


「あとべー」

「あン?…んだテメェかよ」

「生徒会?」

「あぁまぁな。…そこにいるなら入ってこいよ。帰るならさっさと帰れ」


マネージャーのむーが突然やってきた。見慣れないのだろう、キョロキョロと生徒会室を見渡しながらゆっくり近付いてくる。空いていた俺の隣の椅子に遠慮がちに座ると、机に山のように盛られたプリントをじっと見つめていた。
チラチラそっちは見るが、手を止めるわけにもいかない。山のように積まれたプリントに適当に目を通し、要る物と要らない物とに仕分けをしていく。学校も学校だ、何故今までこれ程の量の資料を放置してきたのだろうか。
時々投げ掛けられる問いかけに適当に返事をする。遠慮がちなのはこいつなりの気遣いってとこだろう。


「呼んでくれれば手伝うのに」


ケロッと、ボケッとした緩い言葉が飛んでくる。が、こいつに出来るワケがない。無理だと告げるとうーん、と考えながら何か言葉を探しているようだった。


「話し相手くらいにはなるかもしれないよ?」

「話してたら終わんねぇんだよ」


やっぱり。飛んできた言葉何だか間の抜けるような、気の抜ける言葉。俺の言葉に大人しくなると、また一人だった時のような静かな部屋になる。余りの存在感の無さに隣に視線を移すと確かにそこにはむーがいて、それに安心しているような自分がいた。馬鹿馬鹿しいとは思うが、一人よりもずっと心強い。
……昔から一人には慣れているはずなのに。


「どしたの?もしかして私、邪魔してる?」

「邪魔なのは確かだ」

「え、うそ、なんかごめん…」

「今更だろうが」


馬鹿馬鹿しい。何してんだ俺は、と思うと本当に、馬鹿馬鹿しい。
プリントを置いて大きく息を吐く。運動もせずに座ったままだったせいか身体が堅い。凝り固まった肩や腕、背中をおもいっきり伸ばす。自分の身体からポキポキと聞こえる音に、久々にテニスがしたいとそんな気持ちでいっぱいになった。
じっとむーの視線を感じる。と、思うとカバンをガサゴソと探り出す。


「疲れた時には甘いものだよ」

「あーん?たまには気が利くじゃねぇか」

「意外と好きだよね」



鞄から出てきたものは“ドラ焼き”と呼ばれている菓子だった。コンビニで買えるような安っぽいものだが、庶民的な味も意外と悪くはない。今では普通に飲んだり食ったりするが、パックのジュースやらこういうもんを俺にホイホイ渡してくるようになったのはこいつだ。
やけにニヤニヤしてるむーの頭を軽く叩くとまたヘラヘラ。何なんだこいつは。喉乾いたでしょってお茶を取り出すとそれを俺に差し出しながらゆっくり口を開いた。


「いつ終わるの?」

「今日中には終わる」

「まだまだあるよ?」

「あと2時間もありゃ十分だ」

「毎日そんな時間までやってるの?」

「じゃねぇとあと1週間は終わんねぇんだよ。部活も行かなきゃなんねぇしこれくらい当然だ」


うわぁ、と明らかに歪んだ顔。なんとも分かりやすい。
軽く食ったおかげか、なんとなくやる気が沸いてくる。よしやるかと止まっていた手を動かすが、どうやら少々目が疲れているようだ。


「跡部ってばかだよね」

「…てめぇ、」

「誰かに手伝ってって言えばいいのに。1人でこんなの大変だよ」

「仕事なんだよこれが」


ばか、だと、そう言われた。こんな言葉を投げ掛けられたのは覚えている限りではほんの数度のみ。忍足や向日なんかにはたまにそんな事を言われるが、まさかマネージャーにまで言われるとは思いもしなかった。
「言えばいいのに」と簡単に言うが、そんな事言えるはずがない。俺のプライドがそんな事を許さない。しかし、俺が頼れるような人間がいないと言うことも事実。


「忙しい時、呼んでね」

「何も出来ねぇだろうが」

「話し相手はできるってば!」

「話してたら終わんねぇっつっただろうがアホかテメェは」


アホだ、本当にアホだ。話し相手なんて仕事をする上では不必要でしかない。もっと言うならそんなものは無駄。そう考えると今こうしている時間も俺にとっては無駄でしかないのだ。だが、別に悪い気はしていない。不思議とこんな無駄も悪くないと、そう思える。
漏れたはずの溜め息が、一瞬の内に笑いに変わっていた。


「けどまぁ、そんなに俺に相手して欲しいんなら相手してやるよ」

「えー?それは跡部でしょー」

「バカ言うんじゃねぇ」


あはは、と聞こえるむーの独特の笑い声。聞き慣れているその声が頭に響くと、本当に不思議だが自分のプライドやらそんなもんが馬鹿馬鹿しくなる。何も考えていないのが丸分かりなそんな笑い声は、ガチガチだった俺を砕くのには十分すぎる。


「おつかれさま!」


こいつがマネージャーになってから変わったことはいくつもある。具体的な事を挙げることはできないがそれは確かな事で、皆が感じていること。こいつを選んだ俺の選択は間違いじゃなかった、そう思うと何だか誇らしげな気持ちになった。


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