部活の時間、いつもなら始まる前から部室にいる奴が今日はいない。ああなんか委員会がどうとか言ってたっけなと思い出し、レギュラー陣は何時も通りコートに入る。しかしマネージャーがいないとやはり、ドリンクやタオルのような雑用をこなす奴がいなくてスムーズにいかない部分が多い。あいつがいない事はたまにあるが、そんな時には普段どれだけ頼り切ってるのかが嫌と言うほど分かる。


「遅いなぁ。ちょお跡部見に行って来てぇや」

「アーン?忍足テメェで行けよ」

「俺は岳人とダブルスせなあかんし他皆コート入ってるし…跡部しかおらんやろ」


ほな俺等もコート入るわ、とベンチを立ち上がるこいつは確信犯だろう。レギュラー以外の部員はあいつとほぼ関わりがない、だから任せるわけにもいかない。確かに俺しかいない。仕方ない、とベンチから腰を上げると忍足と目が合って、チッと舌打ち。あの野郎は本当にタチが悪い。
校舎に入る。確かあいつは図書委員で、恐らく図書室に居ることは確か。図書室のドアから中を覗くと、紙の上に頭を突っ伏したそいつがいるのが見えた。


「何やってんだよテメェは」

「…あとべ?」

「まだ真っ白じゃねぇか」

「……部活は?」

「テメェがいつまで経っても来ねぇからわざわざ見に来てやったんだろうが」


頭を上げた事で更に見えた紙には文字を書かれた形跡すらない。嫌味ったらしく紙を持ち上げてヒラヒラしてやると、顔をしかめて無理だと嘆いた。
この調子だといつまで経っても終わらないだろう。そんな事を考えていると、手伝ってと呟いた言葉が耳に入る。仕方ねぇ終わらないならやるしかねぇだろう、と半ば諦めで隣の椅子に座るとやけにキラキラした視線を向けてきた。
しかしどれだけこいつの頭は空っぽなのだろうか。図書委員のくせに本も知らない。なのに一人で仕事をこなそうとする。完全に馬鹿だ。
適当に本の話題を提供していくとそれを文字に起こしていく。こいつの為にはならねぇがテニス部の為には必要な行為。たった一人のマネージャーがいないだけで部活が成り立たないとは、青学や立海の奴らが聞いたらきっと呆れた表情を浮かべるに違いない。真田や手塚なんかには説教でもされそうな所だ。


「跡部いい匂いするね」

「アーン?…変態かテメェは」

「変態…か、も?」

「…さっさと書け」


…もう相手をするのも馬鹿馬鹿しい。というか、呆れる。それを分かっているのかいないのかは知らないが、ヘラヘラ浮かんた笑顔には怒りの感情を抑えて呆れしかでてこないのだ。馬鹿馬鹿しい。だがこいつはこういう奴。
左肘で“早くやれ”という意味をこめて右腕をぐいっと押してやると、あはは、と楽しそうに笑いだした。…そういう意味じゃねぇんだが。


「あははごめん、よし、ちゃんとやろう!」

「最初からやれ」

「だって一人寂しかったんだよ」

「知るか」


姿勢を正してシャーペンを持ち直し、へらっと緩んだ表情が幾らかキリッとする。しかし、やり始めると驚くほどの集中力でペンを走らせていく。さっきまでのゆるゆるだった面影は何処へ行ったのだろう、しかしこういうところは嫌いじゃない。やるときはやる、だから他の奴らが直ぐに辞めてしまうくらいハードなマネージャーとしての仕事が成り立っているのだろう。


「ありがとう」

「あン?」

「跡部来なきゃ終わらなかった」


へらっとした表情を浮かべ、さらっとそんな事を口にした。こういった事が普通に言える変に素直な性格は、時に俺らを困らせる。あの忍足や日吉をも困らせる事が出来るのはきっと学校中でこいつだけだろう。知らない奴に言われるのと近い奴に言われるのとでは、同じ言葉でも全く違う感覚で受け止めてしまう。ありがとう、なんてもういつから口にしていないだろうか。
歩いて向かう場所はテニスコート。しかしその前に立ち寄る、自動販売機。小銭を入れボタンを押し、出てきたピンクのパックを俺に差し出した。イチゴオレなんて甘ったるい、しかもパックのジュースなんて自分じゃ買わないし飲まない。別に必要なかったがこいつなりの礼を断る理由もなく、受け取りストローを口に咥えた。


「似合わないね」

「アーン?だったら渡すんじゃねぇよ」


あはは、と笑う。しかし馬鹿にしてるわけでも面白がっているわけでもない不思議な表情には、俺らしくないがいつも反応に困る。だが、決して嫌なものでもない。
表情を見られないようにさり気なく視線を移すのはいつもの事。何も考えていないだろうが、何故だか全てを見透かされているような気持ちになってしまう。行くぞと言葉を投げ掛けるとはーいと気の抜けた返事が帰ってくる。勝負なんてしてはいないが負けたような気がして、変な感情をぶつけるかのように空のパックを押し付けてやった。それでも笑ってのけるこいつに何故だか馬鹿馬鹿しくなり、気付かれないように何度目か分からない溜め息をそっと吐き出した。


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