週末の金曜日。
部屋のインターホンが鳴り、扉を開けたそこには恋人の姿。
仕事終わりの少しくたびれた顔、口にくわえられた煙草、トレードマークともいえるバーテン服。
いつもと何ら変わらないシズちゃんだ。

その腕に小さな子猫が抱かれている以外は。





「で、どうしたのそいつ」


部屋の中に招いてとりあえずソファに座らせ、温かいカフェオレを渡しながらシズちゃんに問いかけた。
話題の子猫はシズちゃんの膝の上でコロコロと体を転がせながらじゃれついている。
く、くそう膝枕だなんて羨ましい。俺だってしてもらったこと無いのに!
「公園で煙草吸ってたら、寄ってきてよ。追い払ってもしつこく付いてくるから拾ってきた」
「…シズちゃんて動物にまで無自覚タラシなんだね」
「どういう意味だよ?」
「いや、べっつにー」


首輪してねえから多分ノラだと思うけど、とちょいちょいと子猫のお腹をくすぐりながら呟くシズちゃんの穏やかな表情に心がざわつく。
池袋最強のこんな笑顔も、可愛い仕草も、優しい一面も、ベッドに入ったときのヤらしい顔も、全部全部俺だけが知っていればいいのに。俺だけのものなのに。
たかが勝手に懐いてきた今日初めて会ったばかりの子猫に、そんな愛情が注がれるなんて腹がたつ。
…動物にまで嫉妬するなんて、俺は一体いつからこんなに心の狭い人間になってしまったんだろう。
それもこれも全てはシズちゃんのせいだ。愛って恐ろしい。


「何だよ、何か機嫌わりいなお前」
「別に。ちょっと貸して」


シズちゃんの膝の上で未だに転がり続けている子猫の体をひょいと抱き上げる。
にゃあ、と短い鳴き声をあげた子猫を胸に抱えてシズちゃんの向い側のソファへと腰を下ろした。
ぐりぐりと頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす。
ふいに撫でることを止めると物足りなさそうな顔をして、丸い大きな瞳でこちらを見上げてくる。
う、これは確かに…可愛いかも。

シズちゃんに特別懐いていたわけじゃなくて、もともと人懐っこい性格らしい。
この歳で男に媚びるのが上手いだなんて、きっとこいつはメス猫だ。
そう思って前足を掴み抱き上げて股ぐらに視線をやると、「どこ見てんだお前」と呆れたようにシズちゃんの突っ込みが入った。


「ほら、やっぱりメスだよ、こいつ」
「やっぱりって何がだよ」
「俺のシズちゃんに媚び売るなんてとんだ売女だと思ってさ」
「どんだけ心狭いんだよ、お前」


とは言ってもやっぱり可愛いのも事実。
俺の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らす子猫を撫で続けていたせいで、俺はシズちゃんの表情の変化に気が付かなかった。

ふいに立ちあがったシズちゃんに、トイレかなと思って視線をやると、ほのかに頬を染めながら迷うように視線を泳がせる恋人の姿。
なんだろう一体、そう思った直後シズちゃんは意を決したようにグッと握りこぶしを作ってから真っ直ぐに俺のもとへとやってくると、俺の隣りにストンと腰を下ろした。

驚きで目を丸くする俺の横で、シズちゃんは居心地悪そうにモゾモゾと肩を揺らしている。
必死に無表情を装うとしているようだけど、ほのかに染まった頬と耳は隠せていない。
付き合い始めてからもう随分たつというのに、何が恥ずかしいのかシズちゃんが自ら俺に近づいてくることなんて今まで1度も無かった。
このソファにしたって2人掛けなのに俺が座っていたら毎回毎回わざわざ向い側の離れた場所に座っていたというのに。

何で今、このタイミングで、初めて俺の隣りに。
首を捻っていると、膝の上の子猫がにゃあと鳴き声をあげたことにより、俺はある理由を思い付く。
ああ、どうしよう。まさか、そんな。にやける口元が抑えられない。


「…ねえ、シズちゃん。どっち?」
「…何がだよ」
「シズちゃんが拾ってきたのに俺に懐いちゃったこの猫か、それともコイツにばっか構ってる俺か…」


どっちに妬いてるの?
子猫の足を掴んで、たしたしとネコパンチを繰り出しながらそう尋ねると、シズちゃんは少しばつの悪そうな顔をして馬鹿じゃねえの、と吐き捨てた。
そんな真っ赤な顔で強がっちゃったって、ただ可愛いだけなんだからね!
愛しい恋人をぎゅっと抱きしめると、俺の膝の上から転がり落ちた子猫が、にゃあと少し非難めいた鳴き声をあげた。









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