「手作りの味噌汁が飲みたい」 暗に作れと言っているのであろう折原臨也のその言葉を完璧にスルーして あ、そうとだけ返事を返すと目の前に万札を数枚チラつかされ、私はその時間外労働に飛びついた。 シックな黒のエプロンを身につけて、いざキッチンに立ってみると無駄に大きい冷蔵庫の中には、まともな食材はおろか調味料すら入っていなかった。 恐らくこの部屋の主であるあの男は自炊なんて一切していないのだろう。 キッチン自体もまるで使われた形跡など無いほどにピカピカだ。 「人に作れって言うなら、材料くらい揃えておきなさいよ…」 思わず愚痴が零れるが、何とか気分を落ち着かせとりあえず材料を買うべく近所のスーパーへと向かう。 「そもそも何で私が、あいつの為に料理なんか…」 買い物に行く道中も溢れ出す不満は留まることが無かったが、この仕事を無事終えたあとに待っている報酬の事を考え、荒んだ気分を落ち着かせた。 −ああ、これで誠二に新しい靴を買ってあげられる… 愛しい弟の為なら、あのいちいち癇に障る男に手料理を振る舞うことさえ我慢できる。 買い物を終え、帰路を辿る私の足は軽かった。 「…うん、まぁ…確かに俺は味噌汁が飲みたいとは言ったけどさ」 折原臨也は出来あがった念願の品を前に、困ったような怒ったような複雑な表情をしている。 彼が座るソファの前のテーブルに置かれたものは、ほかほかと温かい湯気を立ち上らせる出来たての味噌汁。だけだった。 「あら、私は貴方の命令に従っただけよ」 「いや、でも…味噌汁だけって、無いよ普通。これは無い」 「ちゃんとした食事を作れとは言われてないもの。自分の指示不足を人の所為にしないで」 「お前…絶対分かっててやっただろ…」 本当につまらない女だよお前は、などとぶつくさ文句を垂れながらお椀を手にし、味噌汁を口に運んだ彼は目を丸くしてポツリと美味しい、と呟いた。 「加減が分からなくて作りすぎちゃったから、お鍋にまだいっぱいあるわよ」 そう告げると、臨也は少し嬉しそうな顔をした。 |