※津軽と臨也 公園のベンチに腰掛け、時計を見上げてからフウと溜め息をついた。 待ち合わせをした相手は待てども待てどもやって来ない。 5分おきに時計を見上げるのにももう飽きた。 掲示板で不幸自慢を繰り広げる自殺願望持ちの子に「僕と一緒に死にましょう!」なんて声をかけて、何度かメールをやり取りしたあと実際に会うまでにこぎ着けたのだけど。 これは、もう来ないだろうな。 もう一度時計を見上げて、待ち合わせ時間から既に30分過ぎていることを確認して溜息をひとつ。 結局怖気づいちゃったか。ああ、つまらない。 うーんと伸びをして、ベンチから立ち上がる。 折角向こうが待ち合わせ場所を池袋にしてくれっていうから、危険を冒してまで此処までやって来たっていうのに。 結局来ないだなんて何という裏切りだろう。 まあ数多くある出会いの中ではこういう時もある。今回はハズレだったってことで、潔く諦めるか。 そうと決まればアイツと出会ってしまう前にさっさとこの地からおさらばしよう。 駅に向かうため歩を進めようとした俺の背中に、声がかかった。 「…折原、臨也?」 はた、と足を止める。 一瞬、待ち合わせ相手が遅れてやって来たのかと思ったが、即座にそれは違うということに気付く。 メールのやり取りは俺がいつも使っている奈倉というハンドルネームで行っていたし、相手が俺の本名を知っているはずがない。 そもそもその子は女の子だったはずだが、今俺の名を呼んだ低い声はどう聞いても男の声だ。 だとすると、こんなところで俺を呼び止める奴は誰だろう。 少し嫌な予感を感じながらも、振り返る。が、俺はすぐさま振り返ってしまったことを後悔した。 そこに居たのは俺が池袋で最も会いたくない、だが最も遭遇率が高い男、平和島静雄。 やっべー逃げないと。 何故だかいつものバーテン服ではなく白地に群青の模様が染められた着物を着ているシズちゃんに多少の疑問も感じるが、余計な突っ込みは俺の死期を早めるだけだ。 ここは何も言わず何も聞かず全速力で逃げるに限る。 小さく後ずさりして逃げるタイミングを見計らう俺の顔をじぃっと見つめたあと、シズちゃんは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。 うわあシズちゃんのそんな笑顔初めて見た。 俺がそんな驚きの感想を漏らすよりも早く、シズちゃんは全力で俺の体に突進してきた。 どしーんと腹に感じる重い鈍痛に目を眩ませながらも、背中にぎゅうっと回された腕のせいで、これは恐らくタックルをかまされたのではなく抱き付かれたのだろうということに気付く。 いや、でも何で。何でシズちゃんが俺に抱きついてくるんだ。しかも、こんないい笑顔で。 ふにゃふにゃ笑いながら俺の腕にすりすりと頬を寄せてくるコイツは平和島静雄的な何か違う他の生き物なんじゃないかと思いたい。 でもこの頭の悪そうな金髪も、無駄に高い身長も、意外と整っている顔つきも、何から何までシズちゃんだ。 「臨也!臨也だな?良かった…やっと会えた」 「な、なんなのシズちゃん…何か悪いモンでも食べたの?」 ぺたぺたと頬を触って真剣な顔で見つめられたかと思うと、またふにゃりと破顔したシズちゃんに何故だか心臓が鷲掴まれたような気分になる。 なんだこれ、何でドキドキしてるんだ、俺。 こうして普通にニコニコ笑ってたらシズちゃん以外と可愛い、とかそんなの嘘だ。思ってない。思ってない、そんなこと! このままくっついていたらどんどん思考が変な方向に行ってしまいそうで、何とか腕を突っ張りへばりついたままのシズちゃんを引き剥がす。 するとシズちゃんは明からさまに不機嫌そうな顔をした。 「何だよ」 「何って、いや、こっちが何だよって言いたいくらいだけど…本当どうしたの、シズちゃん」 「どうもしねえ。お前に会えた喜びを体で表現しただけだろうが」 「本当どうしちゃったの!?」 「だからどうもしねえ。おかしいのはお前のほうだ」 「いやいやいや間違ってる!シズちゃん、俺は折原臨也だよ?君の大嫌いな折原臨也だよ?いつもならそこの自販機とか標識とかを馬鹿みたいに投げつけてくる場面でしょう、ここは!」 「ごちゃごちゃ意味のわかんねーこと抜かしやがって…うるせえ奴だな」 眉をしかめてそう吐き捨てると、シズちゃんは何を思ったか俺の股間をぎゅうと握ってきた。 あまりの超展開に俺の脳の処理作業が極度に滞っている。 自分の身に起こった出来事を俺が理解するのにたっぷり5秒はかかった。 「ぎゃああああ!ちょ、何、何なのシズちゃん!」 「ちんこ握られたぐらいで喚くな。処女かテメエは」 「ちょ、もう、本当何なのシズちゃん!絶対おかしい!」 ヤバイ俺これ以上ここに居たら絶対ヤバイ!何がヤバイって自分でもよく分からないけど何か貞操的なそれ的な何かがヤバイ! 全速力で逃げようと踵を返し背を向けた俺の腕は無情にもすぐさま引っ張られ、今度は背後から抱きすくめられた。 あああ、離せ離してくれえええ 「どこ行くんだよ。帰るなら俺も連れてけ」 「何でっ…、意味分かんない!シズちゃんの家は池袋にあるでしょうが!」 「んなもん無え。俺の家は臨也の家だ」 「嘘つくなよ、あのボロい今にも崩れそうなアパートがシズちゃんの家だろ!」 「そんなの知らねえ。とにかくお前は俺のマスターなんだから俺の面倒をみる義務がある」 「だから何だよマスターって!」 ばたばたと暴れる俺にシズちゃんが背後で実に不愉快そうにチッと舌打ちをしたのが聞こえて、あヤバイかもと思ったが時すでに遅し。 ぐるりと体を反転させられて顎を掴まれ無理矢理上を向かされたかと思うと、すぐさま降ってくるシズちゃんの唇。 ふに、と存外柔らかい感触に唇を食まれ、その心地よい感覚に頭が麻痺してしまいそうになる。 でも悲しいかな俺は正常な感覚と常識を持ち合わせる一般市民だ。 シズちゃん、ここ野外だから!さっきから通りすがりの人が俺たちのこと遠巻きに見てるからあああ! そんな叫びも虚しく、シズちゃんからの熱い口付けは、俺と同じような目に遭っていたらしい本物のシズちゃんからの怒りの電話がかかってくるまでの3分間、周囲に着々とギャラリーを増やしながらも止むことは無かった。 |
はからずもビッチ風味な、迷走気味つがる。こんなでも一応臨津です。 |