「静雄お兄ちゃん、はい!」


目の前のあどけない少女が嬉々として手渡してきた物体を見て、俺は言葉を失った。
それほどまでに彼女が手にしている口にするのもおぞましいような禍々しい物体は、年端もいかない少女が持つには違和感のありまくるものだった。
いや寧ろ年齢などは関係なく、平凡な人生を送っている一般人の殆どが、映像や写真などで目にすることはあっても実際に手にすることなど無いであろうと言えるものだった。
俺は少女の顔と、その手に握られているそんな物体を交互に見遣り、思わず溜息をついた。
少女が手にしている…所謂大人のオモチャというものを目にして。


「…何かもう聞かなくても分かる気がするが…、茜それどうした?」


俺も実際目にするのは初めてだが、人工的なショッキングピンクの本体に無数の突起物が備えられているそれは想像以上にグロテスクで気持ちが悪い。
それを何の疑問も持たず俺に手渡してくる少女にも少なからず驚きを隠せないが、彼女にそんなことを命じるような奴を悲しいかな俺は一人だけ知っている。


「臨也お兄ちゃんが渡してくれたの。これをあげると静雄お兄ちゃんが喜ぶよ、って」


あのノミ蟲マジ死なす。


「静雄お兄ちゃんは、えっと何だっけ…あ、そう!静雄お兄ちゃんは"インラン"だからこういうものをあげると、すっごく喜ぶんだって言ってたよ」


めきょり。
手を突っ込んだポケットの中で、握りしめたライターが悲痛な音をたてた。
漏れ出たオイルがぬるぬると手のひらを濡らすが、そんなこと俺の怒りの前には何の障害にもなりはしない。


「えーと…何から言えばいいんだ…、うん、とりあえず悪いが俺はそれを貰っても嬉しくねえからな」
「えっ!そうなの!?」
「あのゴミ…じゃなくて、臨也お兄ちゃんは嘘つきだからアイツの言うことは簡単に信じるな」


ふつふつと燃え上がる怒りを燻らせながら、俺は出来うる限りの優しい声で少女に語りかける。
すると少女の表情はみるみるうちに暗くなり、禍々しいバイブを握りしめたまま俯いてしまった。


「静雄お兄ちゃんは…臨也お兄ちゃんのことが嫌いなの?」


今すぐぶっ殺してやりてえくらいに大嫌いだよ!
怒りに任せて叫び出したい衝動を必死に抑えこみ、俺はぎこちない笑みを浮かべた。
こんな時でも我慢が出来るようになったなんて、俺もなかなか大人になったもんだと思わず自分で自分を褒めてやりたい気持ちになる。
家出の件で世話になった恩でも感じているのか何なのか、何故か臨也にも割と懐いている茜は俺とアイツが喧嘩をする度しょんぼりと肩を落としてしまう。


「そうじゃなくてだな…臨也お兄ちゃんと俺はよく喧嘩するけど…何ていうか、喧嘩するほど仲が良いって言うだろ?つまり本当に仲が悪くて喧嘩してるんじゃねえんだ」


自分で言ってて腹たってくるな、この台詞。


「じゃあ臨也お兄ちゃんと静雄お兄ちゃんは仲良しなの?」
「あ……あぁ、まぁ」
「そっかぁ、良かった!」


にこりと無邪気な笑顔を見せる少女に、俺の怒りの炎も鎮火していく。
そうだ、俺はこの笑顔のために今すぐにでもそこらの標識を引っこ抜いて振り回したい衝動を必死で我慢したんだ。
決してあのノミ蟲のためじゃない。
これは俺が臨也お兄ちゃんに返しておくから、と少女の手からバイブを奪い去るとまたも彼女は何の疑いもなくこくりと頷いた。
そして俺は少女ににこりと笑いかける。


「茜」
「なあに?」


「これからは臨也お兄ちゃんのことをノミ蟲って呼んでやれ。そうしたらあのお兄ちゃんすっごく喜ぶから」










(おら、即刻返品に来てやったぞこのノミ蟲があぁ!あんな子供になんつーもん渡してやがる!)
(シズちゃんこそ、茜ちゃんに何言ったのさ!さっき笑顔でノミ蟲!って連呼されたんだけど!)
(他にも、社会のゴミだとか人類の底辺だとか色々教えといたから、これからバリエーションを楽しめよ、ノミ蟲)
(ひどい!)



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