※やんわり死ネタ





自分の中に知らない誰かが居る。

静雄がそう感じ始めたのは1ヶ月ほど前からのことだ。
知らない間に知らない場所に居たり、いつの間にか何時間も時間が過ぎていたり。
そういったことが数ヶ月前から度々あったものの、きっと疲れているだけだろうと自分を誤魔化し続けてきた。
だがこの1ヶ月の間、その不思議な出来事は驚くほど頻繁に起こった。
ひどい時は1日に何度も何度も。最早『疲れている』という言葉だけでは片付けられないほどに。

例えば、家に居たはずなのに気が付いたらコンビニに立ちつくしていたり。
電車に乗っていたはずなのに気が付いたら自分の家の風呂に入っていたり。
家で眠っていたはずなのに気が付いたら知らない女とセックスしていたこともあった。

これは明らかにおかしい。
自分に起こっている変化に少しの恐怖を感じた静雄は、友人である新羅に相談した。
最近、自分がおかしいんだ。気が付けば知らない場所に居たり知らない奴と会ってたり何時間も時間が過ぎていたり。自分はもしかすると多重人格というやつなんじゃないだろうか。
最近、自分の身に起きている出来事を話しながら疑問をぶつけてみた。
しかし、新羅は腕を組んでうーんと唸ったあと、眼鏡のフレームを押し上げてひとつの結論を出した。
疲れているんじゃない?と。

正直、そんな言葉で片付けられるほど簡単な問題じゃないんだぞ、と怒鳴りたい衝動に駆られた。
しかし頭に「闇」がつくとはいえ、医者である新羅にそう言われてしまっては下手に反抗も出来ない。
そうなんだろうか、やはり自分が疲れているだけなんだろうか。
何となく納得はいかないものの、そう結論づけると静雄は軽く礼を言ってから新羅の家を後にした。






「どうするの?静雄が君のことに気付き始めてるみたいだよ」


コーヒーを啜りながら、新羅は目の前のソファに足を組んで座る男に問いかけた。
そこに居たのは、先程帰ったはずの静雄だった。
その髪が漆黒に染まり瞳が鈍く光る深紅に彩られている以外は、先程までの静雄と何ら変わりはない。
顔の造形が同じでも、身に纏う色と表情が違うだけでこうも人の印象は変わってしまうものなのか、と新羅はある意味感心してしまった。

静雄の中に静雄ではない誰かがいることに新羅が気付いたのは、本人よりもずっと前。今から1年ほど前のことだった。
新羅の家で他愛もない話をしながらコーヒーを飲んでいた静雄の姿が、新羅がトイレに立ったほんの数分の間に豹変していたのだ。
漆黒の髪に深紅の瞳を携えるその姿は、新羅の記憶の中のある人物を呼び起こした。
そして、静雄の顔をしたその男は、自らを折原臨也と名乗ったのだ。

折原臨也。
それは新羅にとっては友人であり、静雄にとっては天敵であった男の名前だ。
臨也は今から2年ほど前に急死した。
あんまり危ないことしてたらそのうち誰かに刺されるよ、という新羅の冗談めいた忠告通り、臨也は彼に恨みを持つ人物に、雑踏の中で腹を刺されて死んだ。
新羅も数少ない友人の死に少なからず悲しみを覚えたが、静雄はそれ以上にショックを受けていたようだ。
見るからに元気を無くし、以前の覇気など嘘のように落ち込んでいる静雄の姿は、見ていられないほどだった。
やはりあの2人は憎み合うと同時に強く惹かれ合ってもいたんだ。
そのことに相手が死んでから気付くなんて皮肉な話だな、と新羅は2人に同情した。

それから1年後のことだ。
新羅が再び、静雄の中で生きる折原臨也という男に出会ったのは。


「まいったなあ。シズちゃんって本当、変な所で勘がいいから」
「というよりかは、臨也の行動に目に余るとこがあるんじゃないの?最近、前に出て気過ぎだよ、お前」
「ふふ、そうかもね。だってずっとシズちゃんの中で眠っているのって結構退屈なんだよ」


足を組み直した臨也は楽しそうに笑いながらコーヒーカップを持ち上げた。
まったく反省も後悔もしていないだろうその態度に、新羅は小さく溜息をつく。


「でも、臨也はこれからどうするの?まさかずっと静雄の中に居座る気じゃないだろ?」
「それでもいいと思ってるんだけどね、俺は。シズちゃんの中って気持ちいいんだよ」
「…誤解を招くような言い方は止めてくれるかなあ」
「まあそれは冗談として、さ。でも俺にだってどうすることも出来ないんだよ、この状況」
「死んでからも霊になって取り憑くぐらい静雄が好きなら、さっさと告白して成仏しちゃえばいいのに」


多重人格なのではないかと心配する静雄に、この状況を知っているくせに『疲れているんじゃないか』と的を外した答えを返したのは、もちろん意地悪じゃない。
この状況を知っているからこそ、自分にはどうすることも出来ないと分かっていたからこその答えだったのだ。
敢えて言うならば、静雄に必要なのは医者による治療ではなくて、霊媒師による除霊だろう。
もちろん医学の知識しか無い自分には、この状況をどうすることも出来ない。


「告白、ね。それが出来りゃ苦労はしないよ」
「何でさ?」
「俺が前に出てきたらシズちゃんは引っ込んじゃうんだから、そもそも会話なんて出来ないしね。それに…」
「それに?」
「自分の中に殺したいほど嫌いだった俺が居るなんて知ったら、シズちゃん自殺しちゃうかもしれないし」


一瞬、寂しそうに顔を歪めて臨也が呟く。
そんな彼の姿を見て、新羅は臨也が死んだあと静雄が食事も喉を通らないほど衰弱しきっていたことを話してやろうかとして、やめた。
これはきっと自分が首を突っ込む問題ではないと悟ったからだ。
このいびつに歪んだ恋の物語の行く末を、最後まで見てみたいと思ったからだ。

きっと言葉で言ってたほど静雄はきみのこと嫌いじゃなかったと思うよ、
そう曖昧なフォローをするに留めると、臨也は苦笑してからコーヒーカップを傾けた。


「もし、シズちゃんが俺のことを少しでも愛してくれたら…俺はいつだって成仏出来るんだけどね」


臨也が成仏できる条件なんてとっくの昔に、こうして臨也が化けて出るよりもずっと前に揃ってしまっていることにただ一人気が付いている新羅は、何も知らないフリをして「そうだね」と相槌を打った。








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