臨也は冬が嫌いだ。
なにしろ夏でも薄手のコートを着ているような奴だ。真冬と呼べるこの時期の身も凍るような寒さは、当然我慢し難いものだろう。

現に今も、夕飯の買い出しに出ようとした俺に「付いて行く」と言い出したのは自分だというのに、吹き荒ぶ冷たい風に「寒い寒い」と口にしたところでどうしようもない文句をぼやいている。ついには、
「世間では温暖化だ温暖化だって言ってるのに、こんなに寒いなんて地球はどうなってるんだよ…」
などと地球の未来を憂うような柄にも無い台詞を吐き出す始末だ。
別に臨也がどれだけ寒がろうが俺にとってはどうでもいいことだが、隣で延々と終わりの無い文句を聞かされるのは勘弁して欲しい。
ハア、とひとつ溜め息をついてから自らの首元に巻いていたマフラーを取り去ると、無防備な臨也の首にそのマフラーを巻き付けてやる。


「え?シズちゃんはいいの?」
「別に。俺そんな寒くねーし」


そう言ってやると、臨也は少し面白くなさそうに眉を寄せる。
此方は優しさでしてやったことだというのにそんな顔をされる謂れは無いが、臨也が不機嫌になった理由が俺には分かる。
臨也は、いつだって俺より優位に立ちたがるのだ。
ただでさえ男同士でそういった意味で付き合うというのは、ある種見栄の張り合いのようなものだ。自分より高い身長に自分より逞しい体格を持ち合わせている俺に、臨也が多少なりともコンプレックスを感じていることだって知っている。
だから自分のマフラーを巻いてやるという、まるで彼氏が彼女にしてやるような行為を俺から受けたことが気に食わないのだ。
だがそんな些細なことを気にして俺より背伸びをしたがる臨也のことを「可愛い」と思ってしまう俺も俺で、どうかしているなと思う。


「…シズちゃん、手貸して」


拗ねたように唇を尖らせていた臨也が突然口にした意図の読めない要求に、首を傾げながらも右手を差し出すと、俺の手を取った臨也はそのまま繋いだ手を自分のコートのポケットへと突っ込んだ。


「なっ…!」
「これで、俺もシズちゃんも暖かいでしょ」
「なら、自分のポケットでいいだろが!」
「でも、人肌が一番暖かいよ」


ほら、と臨也がポケットの中で俺の手を握り直す。
確かに握られた手のひらはじんわりと暖かい。だが、そんなことよりもここは公衆の面前だ。先程から周囲から注がれる好奇の視線が痛くて、俺はそれどころでは無い。
だが臨也はそんなことはまるで気にした様子は見せず、むしろ満足そうにニコニコと微笑んでいる。これは俺に対する臨也のささやかな仕返しなのだろう。


「早く帰ろう、シズちゃん。帰ったら、こんなのよりもっと暖かくなることしようね」
「……お前って、ほんと顔に似合わずスケベだよな」
「あは、褒め言葉」


別に変なコンプレックスなんて感じずとも、顔とか身長とか体格とか、そんな見かけに惑わされない臨也の中の雄々しさはたった一人俺だけが知っていればいいじゃないか。
なんて、そんなことを面と向かって言ってやるつもりは無いが。
足早に家路を急ぐ途中、コートのポケットの中に隠された臨也の手が握りしめた俺の手の甲を指でなぞった。



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