「起きれない時間に目覚ましかけるのって、非効率じゃない?」

そう言った臨也は、目覚まし時計のスイッチにかけた手を離しながら静雄へと目を向ける。
何故ノミ蟲野郎が此処に、と一瞬で頭に血が上りテーブルをひっくり返しそうになったが、そこでようやく昨日の一連の出来事が脳裏を掠め、静雄は机にかけた手を渋々と離した。臨也は静雄のその行動を不思議そうな眼で眺めている。
サラリと揺れた黒髪から、また甘ったるい匂いがふわりと香った。
先程から鼻につくこの匂いは、こいつの香水の匂いか。
寝起きでぼんやりとした思考回路がようやくその考えに行き着き、静雄はスンと鼻を啜った。

「…ねえ、ところで君、誰?」

少し躊躇いがちに臨也の口から零れたその疑問は尤もだろう。臨也の昨晩の記憶は新羅のマンションに居るところまでで終わっているはずだ。目を覚ますといつの間にか眠りに落ちる前に見たマンションより明らかに格が下がっている小さな見知らぬアパートの部屋で見知らぬ男と眠っていたこの現状に戸惑うのも無理は無い。
そのことも、臨也が記憶喪失だということも、頭ではきちんと理解していたはずなのに、まるで知らない人物を見るかのような視線を向けられて吐き出された無垢な言葉は覚悟していたにも関わらず驚くほど静雄の胸を突き刺した。
何かを言うべきなのに、開いた唇からは何の言葉も出てこず、はくはくと無情に動くだけだ。
臨也はそんな静雄を見て、訝しげに眉を寄せて小首を傾げた。

「あの白衣の眼鏡は俺の友達だって言ってたけど…、君も俺の友達?」

この状況ではそう考えるのが一番自然だろうその問い掛けに、静雄は胸を鷲塚まれたかのような息苦しさを覚えた。
一気に狭くなった気道からヒュッと息が漏れる。

「………ああ」

たった一言、そう答えるのがやっとだった。
本当は、そうじゃない。間違っても自分達は友達なんかじゃ無かった。
愛とか友情とか愛しさとか青春とかそんな簡単な言葉で言い表せられるような生温い関係では無かったのだ。
複雑に絡み合った一種の愛情にも似た憎しみと執着を、臨也も感じていたのかどうかは今となっては分からない。だが自分と同じ気持ちを、程度の違いはあれど少なからず共有していたはずなのだ。
だが静雄自身にも上手く説明がつかないその感情の正体と自分達の関係を、何も覚えていない臨也に説いたところで、全てが伝わるとは到底思えないしただ悪戯に混乱させてしまうだけだ。
そのことは静雄にも分かっているので一番無難な嘘をつくしか無かったのだが、十年近くにもなる自分達の関係を真っ向から否定するその嘘は、自分自身でついたにも関わらず悲しいほど静雄の胸を抉った。



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