02 | ナノ




一体、二人がこんな所で何をしているのか、いくらそういったことに疎く鈍感な静雄でも一瞬で察しが付いた。
『不倫』という関係が一体どういうものか分かっていたつもりだった。『愛人』という肩書きが何を意味するのかも分かっていたつもりだった。
だが、勝手な想像と実際に目の当たりにするのとでは、受ける衝撃は桁違いだ。
視界がぐらりと歪む。まるで脳みそを直接揺らされているかのように頭の中にガンガンと五月蝿い音が響く。腹の底から沸き上がってくる言い知れぬ感情と興奮に、ずぶずぶと正常な思考回路が浸食されていく。
早くこの場を去らなければ。
誰かに見られる前に。二人に気付かれる前に。
そう分かっているのに、足はぴくりともその場から動かず、眼前に広がる信じがたい光景から、静雄は目を離す事が出来なかった。

「盗み見なんて、やってくれるね」

気づけば、目の前に臨也が立っていた。
いつの間にか教授室の扉は閉ざされており、そこから少し離れた位置の廊下に静雄は立っていた。
自分は一体どれくらいこの場に居たのだろう。時間を計算しようとするが、相変わらずガンガンと頭の中に響く音のせいで、まともに物事を考えることが出来ない。
ゆるりと微笑む臨也の胸元は、先程の情事を全く匂わせないほど綺麗に整えられていた。

「静雄くんにそんな趣味があるとは思ってなかったよ」
「…っち、がっ…!」
「シッ、あんまり大声出さないで。中に四木さん、まだ居るんだから」

不名誉な発言を撤回させようと思わず声を荒げたが、臨也はそれを制するように真っ直ぐ伸ばした人差し指を唇に当てると、チラリと教授室の扉を一瞥した。
静雄もつられてそちらに目を遣り、そして生唾と一緒に言葉を飲み込んだ。

いつ人が来るかも分からないこんな場所であんな行為に及ぶなんて、一体何を考えているんだ。常識が無いにも程がある。頭がおかしいんじゃないのか。
言ってやりたいことは沢山あるはずなのに、結局そのどれも静雄の口を突いては出てこなかった。
漏れるのは荒い呼吸の音だけ。
何か言わなくては。そう思えば思うほど、先程見た光景が頭の中にフラッシュバックして余計に頭の中が真っ白になる。

「…静雄くんって、童貞?」
「なっ…ん、…!」

いきなり何を言い出すんだ、この男は。
信じられない気持ちで顔を上げると、目の前に立つ臨也の瞳は静雄を見ていなかった。
少し下げられたその視線を追った先には、僅かに、だが確かに緩く反応を示し勃ち上がっている自身の股間があった。
そこで初めてその事実に気付いた静雄の顔は、羞恥で赤く染まる。

「それとも、生で見るのは初めて?人のセックスを見て、興奮しちゃったのかな?」
「……っ、そ、ん…な」

そんな事は無い。
そう言いたいのに、反応を示している自身は間違いようもない事実だ。
勃起してしまっている事実を指摘されたことよりも、あんなにも「汚い」と思い嫌悪の対象にしていた教授と臨也のそういった場面を目撃して、興奮し反応を示してしまった自身の浅ましさに、羞恥を覚えてしまうのだ。
恥ずかしさと後ろめたさで俯いてしまった静雄を、臨也がじっと見つめる。
その瞳が、スゥと細められた。

「…興味あるなら、試してみる?」




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