カチ、カチと時計の針が時を刻む音が静かな室内に反響する。
緩やかに吐き出される互いの呼吸と、合わさった胸から伝わる心臓の鼓動を感じながら目を閉じると、一定のリズムで繰り返されるその音が心地よく鼓膜に響いた。

だだっ広いマンションの部屋の中。
申し訳程度に小さなファンヒーターが置かれたのみの肌寒い空間の中で、俺は冷たいフローリングに座り込み、弟と互いの身体を抱きしめあっていた。
会話らしい会話は何も無い。お互いの呼吸の音と、胸の鼓動音、お構いなしに時を刻み続ける時計の音。それらに支配された静寂の中、互いが互いを抱きしめる腕の温もりにただ身を委ねる。

子供の頃から互いの日常と化してしまったこのおかしな習慣は、大人になった今でも続いている。
何をするわけでもない。何を話すわけでもない。場所は疎らで、弟のマンションに俺が赴く時もあれば俺のアパートに弟がやって来る時もあった。
だが場所がどこであれ、することは何も変わらない。
時間にして恐らく1時間ほど。その間、俺達は互いの存在を確認するかのように静かに身体を抱きしめ合う。
そうすると不思議と気持ちが落ち着き、例えようも無い安息に包まれるのだ。

感情の起伏が激しく堪え性が無い自分と、必要以上に感情を抑え込み表情を失くしてしまった弟。
まるで互いの足りない部分と有り余っている部分を補うかのように、俺達は身体を抱きしめる腕に力を込める。
そうしていると足の先っぽからぐずぐずと身体が溶けていき、弟と混ざり合いひとつになって、互いの悪い部分が抜け落ちたかのような錯覚に陥るのだ。
勿論実際には何も変わっちゃいない。ただの自己欺瞞に過ぎないが、だがそうせずにはいられないのだ。
正反対の自分と弟。互いの足りない部分を補い合おうとしている様子は、あのノミ蟲の双子の妹達に似ている。
決定的に違うのは、彼女達は望んでそうなったのに対し、俺達は互いの性格に牽引されながら気付けばそうなってしまっていたという点だろう。


「…お腹、減ったね」


弟が静かな声音でポツリと漏らす。
この心地良い静寂を破ったということは、つまりこの戯れ合いの終わりの合図だ。
その合図を出すのは、決まっていつも弟からだった。
抱きしめる腕の力を緩めながら、何か食うかと問いかけてみれば弟は「うん」だの「ああ」だのどちらともつかない生返事を寄越した。


「何か食いたいもんとか無いのか?奢ってやるぞ」
「え…、何で?」
「だってお前、今日誕生日だろうが」


そう言うと、弟は眉を少し動かしてみせた。
相変わらず表情には何も現れないが、恐らく驚いたのだろうと思う。弟の分かり辛い感情の機微を正確に読み取れるのは、両親や全国の羽島幽平のファンを含めてもきっとこの世界中でただ俺一人だけだろうと自負している。
覚えてたんだ、とやはり驚いたように声を漏らした弟に緩く微笑みかけてみせる。
自慢じゃ無いが、自分の誕生日さえ忘れてしまうほど物覚えが悪い俺が、弟の誕生日だけは未だかつて一度も忘れたことは無いのだ。


「お前の誕生日、覚え易すぎるんだよ」


忘れようがねーよ、と冗談めかして言ってはみるものの、例え弟の誕生日がゾロ目でなくともきっと自分は忘れず逐一覚えていただろう。


「折角の誕生日に兄貴と2人で過ごしてるようじゃ、カッコつかねえな。…来年までには、ちゃんといい相手見つけろよ」
「兄さんのほうこそ」
「うるせえよ」


子供のころは、まるで壊れやすい人形のように小さく頼り無かった弟の存在。
腕の中にすっぽりと収まってしまっていた弟の身体は、自分の知らぬ間に気付けば大人の男の身体になっていた。
広くなった肩幅、骨ばった背中。弟の成長を感じる度に、もう彼も自分も手を引き合わなければ歩けない子供では無いのだと、思い知らされる。
弟もやがていつかは自分のパートナーを見つけ、そして俺以外の相手をその腕の中に抱き込むのだろう。
その日のことを思うと、兄としての喜びと同時に、隠しようも無い寂しさと微かな嫉妬心が姿を現すのだ。
恋慕と呼ぶには独りよがりな、だが親愛と呼ぶには深すぎる、この緩やかな執着心に名前を付けるとしたら一体何だろう。
せめてその答えが見つかるまでは、弟と孤独と温もりを分け合うその役目は、自分で在りたい。
ささやかな願いを込めるかのように、抱きしめた腕に僅かに力を込めると、弟が小さく笑った気がした。









平和島兄弟の相互ブラコン息が詰まりそうなほど可愛い。



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