「…あーあ、ツイてないなあ…」


ちょっとした用があって足を向けた池袋。
電車を降り池袋駅を出てものの数分で、俺は見慣れた後ろ姿を見つけてしまった。
そしてポツリと独り言。
その声が聞こえたのかどうかは分からないけど、此方を振り返った金髪のバーテンはかなり凶悪な笑みをその顔に貼り付けていた。


「いーざーやーくーん?何っでテメエが此処にいるんだー?あぁー?」


変に間延びした喋り方はシズちゃんが本気でキレている時の癖だ。つい、少し前までの。
今は、この喋り方がただの演技であることを俺は知っている。


「俺が池袋に来る理由なんて、君には関係ないでしょ」
「…まあ、関係ねえし興味もねえけどよぉー、テメエが俺と同じ空間に存在すんのが」


そこまで言って一息ついてから、シズちゃんは傍らにある標識を片手でズルリと引き抜く。


「たまらなくっ、気持ちわりぃんだよっ!」


そう叫んだ瞬間、真っ直ぐに俺の顔面めがけて飛んでくる道路標識。
ひょいと軽く横に跳んでそれを避けると、つい先程まで俺が居た場所のアスファルトにズドンと突き刺さった。
もうこのシュールな光景も大分見慣れたけどさ…いい加減うんざりだよ。

はあ、と溜息をついてから、くるりと踵を返して駆け出すとすぐにシズちゃんが後ろから追いかけてくる。
待ちやがれ、とかこのノミ蟲、とか俺に対する数々の罵倒の言葉を吐き出しながら追い掛けてくるシズちゃんは本当に懲りないな、と思う。

適当に人気の無い場所を選びながら駆け抜けて、ちらりと後ろを盗み見てまだシズちゃんが付いてきていることを確認すると、俺は右手に見えた狭い路地へと逃げ込んだ。
そしてすぐさま頭上にあった隣のビルの階段に手をかけてよじ登ると、そこで息を潜める。
数秒後、俺を追いかけてその路地へと駆けこんできたシズちゃんの背後に飛び降り、細い体をぎゅっと後ろから抱きしめた。


「つーかまーえた」
「いざっ……んぅ!?」


いきなり頭上から降ってきた俺に驚いて目を丸くしているシズちゃんの顎を掴み、無理矢理後ろを振り向かせると、その唇に噛みついた。
酸素を求めて薄く開かれたシズちゃんの唇の間に舌をねじ込み、口腔内を犯し尽くす。
唇の隙間からはふはふと苦しげに酸素を取り込むシズちゃんを見ながら、いつも鼻で息すればいいのに、と思うけどキスのあと恥ずかしさと酸素不足で涙目になってるシズちゃんが可愛いから、そのアドバイスは俺の心中だけに留めておくことにしている。

たっぷり1分程の口づけを終えて唇を離すと、シズちゃんはいつも通り真っ赤な目元にうっすらと涙を溜めながら俺を睨みつけてきた。
そんな顔で睨まれたって俺としては興奮するだけなんだけどなあ…。
本人に言おうものなら瞬殺されそうな台詞は喉の奥へと押し込めて、その体をぎゅうと抱きしめた。


「ねえ、シズちゃん。いい加減やめようよ…こんなの」
「………」
「何で俺たち付き合ってんのに、わざわざいがみ合ってるフリしなきゃなんないの」


俺たちが世間的に言う、いわゆる恋人同士という関係になったのはつい1ヶ月ほど前の事だ。
キッカケはまあ色々だけど、それまで殺してやりたいほど嫌いだったシズちゃんが今は俺にとって1番大切な人になっているのだから、本当に人生というものは何が起こるか分からない。
キスもセックスも、およそ恋人同士がやるような事は一通り済ませて、これでようやく俺も堂々とシズちゃんに会いに行けるわけだね!
と意気揚々と池袋に足を向けた俺を迎えたのは、以前通り、俺の顔を見た瞬間に顔に血管を浮かべた恋人が投げつけてきた自販機だった。
その時はたまたま機嫌が悪かっただけかもしれない、と思いもしたけれどその後池袋で俺と顔を合わせようものならば毎回毎回噛みついてくるシズちゃんを見て、俺はようやく気づく。
これは、わざとやっているんだな、と。


「無理して暴れなくてもさ…シズちゃん暴力嫌いなんじゃなかったの」
「………」
「俺は、シズちゃんが俺の恋人だって色んな人に言いふらしたいくらいなのに」
「………だって」
「だって、何?」


俺の肩にポスリと頭を預けたシズちゃんの傷んだ金髪を、今度トリートメントしてあげないとなあ
なんてボンヤリと考えながら撫でていると、消え入りそうな声でポツリと呟かれた言葉。


「だって…そんなの、恥ずかしいだろ」


目にかかった髪とサングラスで表情は分からないけれど、真っ赤になったシズちゃんの耳が可愛かったのでとりあえず今日のところは勘弁してあげることにしよう。










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