一緒に暮らし始めて分かったこと。
・食べ物の好き嫌いが多い
・風呂が長い
・朝に弱く、寝起きが悪い
・掃除が下手くそ
・料理も下手くそ


「シズちゃん、何やってんの?」


背後から声をかけられると同時に、キーボードの上の手をマウスへと滑らせてパソコンの画面を切り替えた。
椅子の背もたれに凭れかかりながら後ろを振り返ると、カットソーの袖を肘の辺りまで捲りあげた臨也が憮然とした表情で立っていた。


「風呂掃除、終わったのか?」
「終わったよ。しつこい水垢もしっかり落としましたとも。そんなことよりシズちゃん、今何してたの」
「何でもねえよ。終わったなら、次トイレ掃除な」
「えー、また俺ばっかそういう面倒くさいとこ…ていうか、何でもないなら隠さなくていいじゃん」


同じ家で暮らしている以上、掃除はお互いの義務で、今は年末の大掃除の真っただ中だ。
風呂・トイレといった水回りの掃除が臨也の担当で、俺はその他の部屋の掃除と整理。そういう分担だったのだが、俺も臨也もそこまで無精なほうではないので、目立つ汚れも、床に物が散乱しているようなことも特に無く、家賃のほとんどを臨也が払っているだだっ広い俺達の部屋は、掃除機をかけて不要なものを少しゴミに出す程度で俺の役目はアッサリ終わった。
面倒なのは、普段念入りな手入れなど殆どしない水回りの掃除のほうで、しかもそこを担当しているのは仕事場として使っている事務所の掃除を全て秘書である女性に任せているらしい、臨也だ。
手こずるのも仕方がないことだが、役割は一応お互いの納得のもと決めたことなので、気を利かせて手伝ってやる道理も無いだろう。

そういう結論に至った所で、風呂場で格闘している臨也の「うわっ、裾濡れた!」という悲鳴や、掃除道具をひっくり返したのだろうガラガラという騒々しい音をBGMにしながら、悠々とパソコンに向かっていたのだが。
ちなみにこのノートパソコンは臨也から買い与えられたものだ。
短気な性格故にすぐに物を壊してしまうせいで自宅にはテレビすら置いていなかった俺に、こんなにも精密で高価な機器は不釣り合いだ。
特に使う用事も無いのだから必要無い、と突っぱねた俺に「パソコンくらい今時、小学生でも使えるよ」と挑発の言葉を投げかけられ、一から使い方を事細かに教えられたのは、約1ヶ月前の話だ。


「別に今更、シズちゃんがどんなエロサイト見てようと気にしないから大丈夫だよ」


ふざけたようにそう言われたが、そのじっとりとした声音から察するに、臨也は恐らく冗談めかした台詞とは全く別の可能性を疑っているに違いない。
そう見当を付けることは容易いが、本人から直接疑問を投げかけられていないのだから、否定するのもおかしな話だ。
アダルトサイトに関しては「違う」とだけ言葉を返しておくと、臨也は些か不満そうな溜め息を漏らした。


「くだんねえこと言ってないで、さっさと掃除してこいよ。夜までに終わんねえぞ」
「えー…、分かったよ」


まだ不満そうだったが、ピシャリと言い放ってやると臨也は渋々といった調子で背を向けた。
心なしかしょんぼりと落ち込んでいるように見える臨也の背中がトイレへと消えていくのを見届けた後、もう一度パソコンに向き直る。
何を心配しているのかは知らないが、長い付き合いなのだから、あいつもいい加減に学んだらどうなのだろう。
俺に浮気をする甲斐性も、それを隠しとおす狡猾さも、あるはずが無いことを。
何だかんだと言いながら、他の奴に目を向ける気すら起きないほど、臨也のことを好いているということを。

マウスを操作し、先程切り替えた画面を再び開く。
現れたのは、メール画面だ。パソコンでのメールの送り方は、つい先日臨也に教えてもらったばかりだった。
本文欄に書き連ねてあるものは、同棲し始めてから気付いた臨也の短所だ。

臨也と一緒に暮らすようになって、約1年が経った。
それまでは分からなかったこと。いがみ合っていた学生時代では知ろうとすらしなかったこと。
一日の大半を一緒に過ごすようになって、初めて知ったことが沢山ある。
コーヒーよりも紅茶が好きなこと。にんじんが嫌いで食べれないこと。仕事中には眼鏡をかけること。情報源はネットが主で、テレビは殆ど見ないこと。疲れている時に煙草を吸うこと。たまに寝言を言うこと。寝起きの声は、少し掠れていていつもより低いこと。
たった1年で色々な発見をした。その新しい発見は、きっとこれからもっと沢山増えていくのだろう。

メールの最後に、『・意外と嫉妬深い』と付け足すと、送信ボタンをクリックした。
宛先は、臨也がいつも仕事用に使っているパソコンだ。
掃除が終わったら少しだけ仕事をすると言っていたから、アイツがこのメールを見るのは恐らく今日の夜だろう。
自分の短所ばかりが書き連ねられたメールを見て、臨也は驚くだろうか。それとも落ち込んでしまうだろうか。
そうしたら俺はすかさずこう言ってやるのだ。
付き合う前までは完璧超人かのように思えたお前の、そういう人間染みた格好悪い一面がたまらなく好きなのだと。
掃除を終えて腹を空かせているだろう愛しい恋人に年越しソバでも作ってやろうかとキッチンへ向かうと、「うわっ、袖が濡れた!」とトイレから相変わらずの悲痛な叫び声が聞こえて、思わず笑みを漏らした。









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