※完全パラレル
※折原さんの隠し子の甘楽ちゃんと三十路静雄のお話
※折原さんはご逝去なさってます
※割と暗い





エメラルドグリーンの液体がとぷりと揺れた。
コップに突っ込まれたストローで少女がその液体をかき混ぜるたび、シュワシュワと小さな気泡が生まれては消えていく。
人工的な緑色の水面にぽかりと浮かぶ、真っ赤な色をしたさくらんぼの果実を、少女の小さな指が摘まみあげた。
そのまま口の中へと姿を消した果実の行方をぼんやりと眺めていると、目が合った少女が口角を上げ怪しく微笑む。
ブラックライトに照らされまるで蛍光ランプのように発光したメロンソーダの緑の光を受けて微笑む少女の姿は、齢十年とは思えぬほど妖艶に見えた。
あまり好ましい言い方では無いが、親が親なら子も子だと、この少女を見ていると度々そう思う。
果実を口に含んだまま、咀嚼を繰り返していた少女の喉がごくりと動いてからも、まだ彼女は何やらもごもごと口を動かしていた。
数秒後、満足そうな顔でべろりと少女が突き出した舌の上には、綺麗にコマ結びにされたさくらんぼの茎がちょこんと乗っかっていた。


「口の中でさくらんぼの茎を結べる人は、キスが上手いのよ」
「…そんなの、何の根拠も無い迷信みてえなものだろ」
「なら、試してみる?」


まるで此方を挑発するかのように、フフとふてぶてしい笑みを漏らした少女の頭を、「子供が生意気を言うな」という意味合いを込めて軽くぺしりと叩いてやった。
以前の俺がこんなことをしようものなら、少女の小さく軽い頭をそのまま机にめり込ませかねなかったが、長い年月を重ねた今ならば、人並み外れたこの力の制御も慣れたものだ。
その証拠に、少女は痛そうな素振りを少しも見せていない。ただ、相手にされず咎められたことに対して拗ねたように、ストローを齧りながらメロンソーダを啜っている。

ご機嫌取りに、何か甘いものでも頼んでやろうかとメニューを開きかけたところで、俺はようやく違和感に気付いた。背後からねっとりと纏わりつく視線。
ああ、またか。
飯もゆっくり食べることが出来ないなんて、全く嫌になる。深々と溜息を吐き出してから、目の前のコップに注がれた水を一気に飲み干すと静かに立ち上がった。
急に席を立った俺に、少女は一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐに状況を理解したらしく急いでメロンソーダを飲み干す。
エメラルドグリーンの液体が全て少女の口の中へと綺麗に消えていくのを見届けた後、少女の濡れた唇を親指でそっと拭ってやる。
「行くぞ」と小さくかけた声に、少女はこくりと頷いた。







店を出てから数分歩き、まだ背後から付いてくる人の気配が有るのを確認してから、角を曲がり人通りの少ない薄暗い路地へと入った。
数歩歩いてからピタリと立ち止まるのと同時に、繋いでいた少女の手を離す。そのまま少女は後ろを振り返らずに、駆け出して行った。俺が立ち止まってから数秒遅れて、背後から付いてきていた足音もピタリと止む。
肩越しに背後をチラリと盗み見ると、数メートル離れた位置に黒スーツをきっちりと着こなした、いかにもな男が2人並んで立っていた。


「お前…平和島静雄だな?」


淡々とした声色で機械的な問いかけを受ける。声をかけてきた男とは別のほうの男は、スーツの懐に手を入れその奥に潜む凶器の存在を実に分かりやすく示唆していた。
余計な抵抗はしないほうが身のためだ、とでも言いたいのだろうか。
質問には答えずに、向き直り再び少女の姿を目で追った。少女はまだ駆けている。


「お前には用は無い…俺達が用があるのはあちらのお嬢さんのほうだ」
「…なら、俺なんかに構ってないであっちを追い掛けたらどうだ?」
「平和島静雄が、あのお嬢さんのボディガード紛いの事をしているのは知ってるさ」


あの池袋最強に背を向けるなんて、出来る筈が無いだろう?
そう言って男は自嘲気味に笑う。
俺とやり合うつもりなど無く、出来れば穏便に済ませたいから見逃してくれないか。つまりそういった事を言いたいのだろうが、その問いかけの答えはノー以外有り得ない。
それは恐らくこの男達も分かっているのだろう。だから先程から、いつ襲われてもいいように戦闘態勢を崩さない。

俺と少女が行動を共にするようになってから、それなりに長い年月が過ぎた。
その間で、少女は規格外の力を振りかざして暴れる俺の被害が及ばない距離というものを、学んだ。
駆けて行った少女の足がようやく止まる。恐らくあそこが、此方の様子を窺うことが出来て尚且つ俺の被害に遭うことの無いギリギリの距離だ。
少女の足が止まったのを確認してから、スウッと深く息を吸い込む。


「なあ、何であんたはアイツの娘を庇うんだ?あんた、アイツのことを憎んでいたんじゃないのか?」


男が発したその言葉を合図に、俺は地面に転がっていた石ころを高く蹴り上げた。
上空へと舞い上がった石が重力に従って落ちてくるタイミングを見計らって、まるでサッカーボールか何かのように反動を付けて思い切り蹴り付けた。
俺の突然の行動の意味が分からず呆然としていた男達の片方の男の目元に、蹴りつけられた石がめり込む。
呻き声を上げ、潰された目元を押さえて男が蹲った。もう片方の男が悪態を付きながら、懐から取り出した銃を構える。
発砲されるのと同時に、俺は素早く重心を前方に移動させ体勢を低くして相手との距離を一気に詰めた。
弾をかわされた事と、数メートル離れていたはずの俺が急に眼前に現れた事に、動揺した男が焦った手つきで再び銃を構える。だがもう遅い。
固めた握りこぶしを突き上げ、男の顎に思い切り叩きつけた。拳がめり込んだ顎の骨がバキバキと折れる感触が伝わってくる。
吹っ飛んで行った男は、そのまま意識を失ったようでだらりと手足を投げ出し地面に叩きつけられた。


「危ない!」


路地に反響した甲高い少女の声で、俺はハッと我に返った。
背後を振り返ると、先程目を潰したほうの男が、構えた銃口を此方に向けようとしているところだった。
伸ばした足を振り上げ、男の手の中の銃を思い切り蹴り上げる。
そのまま男の胸倉を掴み上げると、額に飛びきり強い頭突きをぶつけてやった。
此方もぐらぐらと目が回りそうになるほどの衝撃だったが、相手の男が受けた鈍痛はきっとそれ以上のものだったろう。
ぐるりと白目を剥いて、地面に平伏した男を見下ろし、俺はようやく落ち着いた溜め息を吐きだした。


「…最後まで気を抜いちゃ駄目よ、シズちゃん」


全てが終わったことを悟り此方へと戻ってきた少女に、窘められる。
確かに少女が声を上げてくれなければ、俺はあの男に撃たれていたかもしれない。背中に銃弾を1発受けたくらいで死ぬようなヤワな身体では無いが、それでも重傷を負っていたかもしれないことだけは確かだ。


「助かった、ありがとな」


そう言って小さな頭を撫でてやると、少女はどこか不服そうな顔をした。子供扱いされていることが、また気に入らないのかもしれない。
難しい年頃だなあ、なんて呑気な事を考えている俺を余所に、背伸びをした少女の手が俺のこめかみの辺りをソッと撫でた。
「…血が、出てる」と小さく呟かれた言葉で、俺はようやく自分が怪我をしているらしいことに気がついた。言われてみれば、触れられた箇所がチリチリと微かに痛む。
避け切ったつもりでいたが、発砲された時に銃弾が擦っていたのだろうか。傷口から漏れた血が、ぬるりと頬を濡らした。
眉を寄せた少女が、俺の手を取ると来た道をさっさと足早に引き返し始める。


「どこ行くんだよ」
「帰るのよ。その傷、手当てしないと」
「水族館、行くんじゃなかったのか?」
「頭から血を流した人と一緒じゃ、どうせ中に入れて貰えないわ」


手を引きながら先を歩く少女が、苦笑する。
確かに言われてみればそうかもしれない。もしかしたら通報されるかもしれないし、そうなると事の顛末を説明するのも面倒だ。
水族館に行った事が無いという少女に、一面に広がる青い水槽の中で悠々と泳ぐ魚達の姿を一目見せてやりたかったのだが、こうなってしまっては今日は取り止めにするしかない。
自分がこんな怪我などしなければ、今頃は予定通り水槽を前に喜ぶ少女の顔が見れたのかもしれない。
そう思うと、じわじわと後悔の念に苛まれ、こめかみの傷がより一層ピリピリと痛んだ。











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