「シズちゃんって意外と綺麗な身体してるよね」


ベッドの上で半身を起こす臨也に背を向ける形で寝転んでいた俺の肩甲骨の辺りを、細い指がなぞった。
ゾワゾワと背筋を這いあがる悪寒とも快感とも取れる気味の悪い感覚に身体を震わせたが、それより何よりその鬱陶しい行動と共に臨也が吐き出した言葉のほうが不愉快だった。
思わず顔をしかめた俺に気付いたのかそうでないのか、臨也は慌てる様子もなくゆったりとした調子で「変な意味じゃなくてね」と付け加えた。


「あれだけ毎日飽きもせず喧嘩して回ってるくせに、身体に傷とか残ってないんだなぁ、って」
「…喧嘩して回ってんのは誰のせいだと思ってんだ…」
「俺のせいだって言いたいの?それはお門違いってやつだよ、シズちゃん」


俺は確かに君が喧嘩をする理由を作ってはいるけど、君が喧嘩をするよう仕向けているわけじゃない。誰に絡まれようが何をされようが最終的にそいつらとやり合う選択肢を選んでいるのはシズちゃん自身でしょう。だからそれは全て君の責任だよ。

ぺらぺらとよく動く口を眺めながら俺はうんざりして、後半はほとんど聞いていなかった。
臨也が言うことは憎たらしいほどに正論だ。だからこそ俺の神経を逆撫でる。それが原因でいつも殺し合いの喧嘩へと発展するのだが、さすがに互いにベッドの上で縺れ合い2回も欲望を吐き出した後では、そんな元気も湧いてきやしない。
よりにもよってこのノミ蟲と仲睦まじくピロートークなんぞをしたい訳では無いが、かと言ってこんな状況で責任がどうのこうのといった話なんてそれ以上に御免こうむる。
「そうかよ」と短く告げ、ベッドサイドに置きっぱなしになっていた煙草へと手を伸ばした。くしゃくしゃになってしまった箱の中から1本取り出すと、口にくわえて火をつける。
隣から「ちょっと止めてよ、セックスの後に煙草吸うとかまるで安っぽい映画みたいだ」と不平が上がったが、そんな不満は意に介さず煙を吐き出した。
臨也は面白く無さそうな溜息を零したが、臨也のほうもそんな俺の様子を気にしないことにしたようで再び口を開く。


「傷が残らないっていうよりかは、傷がついてもすぐ治っちゃうのかなあ。そういえば俺がシズちゃんに初めて会った時につけたナイフの切り傷も、すぐ治ってたね」


つつ、と臨也の冷たい指先が俺の背筋をなぞる。
ヒッと上ずった声が漏れ、肩が撥ねた。振り返り睨みつけてやると、臨也は楽しそうにケラケラと笑う。
どうにも癪に障る態度だが、いちいち噛みついてこの面倒な馴れ合いに付き合ってやる元気はやはり無い。
睨み続けても臨也がこれ以上何かしてくる気配が無かったので、寝返りを打ちもう一度背を向けると、再び細い指が俺のほうへと伸びてくる。
今度はこめかみの辺りの髪をサラリと払い除けられ、露わになった耳たぶを指先で摘ままれた。そして俺はまたうんざりと溜息を溢す。


「…何がしてえんだ、手前は」
「ね、シズちゃん。ピアスとか開けてみる気、無い?」
「はあ?」


突飛すぎる問いかけに眉を寄せる。
すると臨也は形の良い唇を大きく開いて、まるで幼い子供に言い聞かせるかのように「ピ・ア・ス」と一音一音区切りながらはっきりとした発音で声にしてみせた。
そんなことは分かっている。俺が聞いているのは「何と言ったか」ではなく「何故そんなことを言ったか」のほうだ。
考えるまでもなくそんなことは臨也にも分かっているはずだが、いちいちこうして人を小馬鹿にしたような態度を取るのは最早コイツの性格だろう。


「興味あるんだよねえ。シズちゃんの身体ってどこもかしこも馬鹿みたいに筋肉質でナイフも刺さらないくらい固いけどさ、此処はどうなのかなって」


むにむにと指先で人の耳たぶを弄びながら、臨也は楽しげに言葉を紡ぐ。
わくわくとした様子の臨也の態度とは反比例して、俺の気分は音を立てるほどの勢いで真っ逆さまに急降下中だ。


「それで何でピアスなんだよ…、つーかピアスなんて女みてえで嫌だ」
「別に今時ピアスなんて男でもするよ、指輪や時計と一緒でただのアクセサリーじゃないか」
「そもそも開けたくねえんだよ、そんなもん。親から貰った身体に、バチあたりだろ」


そう言うと臨也は少し目を丸くしたあと、シズちゃんって意外と古風だよねぇと面白そうに口を歪めた。
未だにむにむにと俺の耳たぶを挟みながら、ベッド脇のチェストの引き出しを開け、中でごそごそと何やら探している。


「そんなこと言い出したら、俺は彼女も作らないでこんな所で男と非生産的なセックスをしてることのほうが、よっぽどバチあたりで親不孝だと思うけどねぇ」
「…っ、それとこれとは関係ねぇだろが!」
「そう、関係ない。だから俺も、もともとシズちゃんの意思なんて知ったことじゃないしどうでもいいんだよねぇ…っと、あったあった」


俺との会話もそこそこに臨也が笑みを浮かべながら手にしたのは、小さなソーイングセットだった。
臨也の手の中に収まるにはあまりに不釣り合いなその小箱から1本の縫い針を取り出すと、臨也の唇がゆったりと弧を描く。


「俺の部屋にこんなものがあるのが意外?俺けっこう得意なんだよ、お裁縫とか」
「…いや、んなこたぁどうでもいいけどよ…お前まさか」
「ピアッサーとかニードルとかそんなものご丁寧に常備してないし、代用できそうなものってこれぐらいしか思いつかないんだよね。安全ピンでもいいけど、あれだと細すぎて途中で折れちゃったりすることもあるらしいから、丈夫そうなほうを使ってあげる」


わーお俺って優しいね!とわざとらしく手を叩く臨也には、最早いちいち突っ込みを入れる気にもならず冷ややかな視線を送るに止めた。
だが臨也はそんな俺の視線なんて勿論気にしてはおらず、手にした縫い針をガーゼで拭く作業に勤しんでいる。軽く拭き終えると、臨也の手に掲げられた縫い針がベッドライトの光を受けてキラリと光った。


「…でもよ、そういうのってあんまり…」
「なに?もしかしてシズちゃん耳の病気とか心配してる?大丈夫だよ、ピアス開ける時の弊害なんて化膿するぐらいが精々で死にはしないし、そもそもシズちゃんがそれぐらいでくたばってくれるようなら俺だって今まで苦労してないんだから」
「………」
「お喋りはここまで。いい加減大人しくして、シズちゃん。じっとしてないと変なとこ刺しちゃうよ」


針を掲げた臨也が相変わらずの笑みを浮かべながら、俺の耳たぶを掴む。
何故いつの間にやら俺がピアスを開ける事項が確定してしまっているのか。不本意でしか無いが、臨也がこういった思い付きを口にする時はそれは既に提案ではなく奴の中では決定事項になっているのだ。
つまり臨也自身が先程言っていた通り、ハナっから俺の意思なんて奴の視野に入ってはいないし俺がいくら否定して抵抗したとしても、聞き入れようとしない。
こういった時の臨也の頑固さと執念深さを過去の経験から身をもって知っている俺は、ここで頑なに抵抗し続けることが得策ではないことも分かっている。
とりあえず穴さえ開けさせてしまえば、臨也は満足するのだから、ここは大人しく言うことを聞いているほうが利口だ。どうせ頼り無い縫い針で開けられたか細い穴なんて、俺の身体はすぐさま治癒してしまうのだから。

固定された耳たぶに、縫い針がヒタリと当てられる。
無機質な金属の冷たい感触が、触れた箇所の体温を急速に奪っていくようだった。
「いくよ」という短い掛け声とともに、臨也の手に力が込められる。ぷつり、と表面の皮膚が千切られる音が聞こえた気がした。それと同時に、針が耳の中に侵入を果たしたことを悟った。
突き刺した針を臨也は殊更ゆっくりと突き進めて行く。鋭い針の切先がつぷりつぷりと耳の中の肉を断裂していく感覚に、背筋が戦慄いた。
思わず目を閉じると、真っ暗な視界にチカチカと光が瞬く。伸ばした腕でシーツをぎゅっと握ったところで、臨也の恍惚としたような小さな溜息が吹きかかった。


「開いたよ、シズちゃん。…ああ、ちょっと血が出ちゃったね」
「…ぅ、…っふ…」


閉じていた瞼を押し上げると、いつの間に溜まっていたのか目尻から涙が零れた。
その涙を指で拭うと、臨也は縫い針が抜き取られた俺の耳にねっとりと舌を這わせる。先程までの冷たい感触とはまるで違う、熱を持った濡れた感触に思わず唇から息が漏れた。


「ファーストピアス持ってないから、とりあえず今はこれで我慢ね」


臨也はチェストの引き出しから取り出した安全ピンを俺の耳の穴に通すと、パチリと止めた。
そして一歩引いた箇所から改めて俺の姿を眺め、隠そうともせず盛大に吹き出した。俺が不機嫌そうな顔をした為、にやける口元は手で覆ったが小刻みに震える肩は全く隠せていない。
片耳に安全ピンをぶら下げた今の姿は、自分でも恐らく滑稽だろうと思う。これじゃあまるでパンクバンドの追っかけファンのようだ。


「まあそんな顔しないでよ。今度、シズちゃん用にピアス買ってきてあげる。そうだなぁ…、血のような真っ赤な石のピアスなんて似合うんじゃないかな?」
「……勝手にしろよ」
「ああ、一応言っておくけどそれは間違っても恋人にアクセサリーを送る婚約指輪的感覚じゃ無いから。言うなれば、ペットに首輪を付ける行為のほうに近いからね」
「別に勘違いしてねえし、期待もしてねえよ」


俺と臨也の関係に、今更「愛」だの「恋」だのといった感情を持ち込む気など無い。
最初からそんなもの求めてなどいないというのに、こうしてわざわざ此方が気にしてもいないようなことを一々付け足してくる臨也の言葉は蛇足としか言い様が無かった。
つまらなさそうに言い放った俺の態度が気に食わなかったのか何なのか、臨也の口元が一瞬不満そうに歪められる。だが次の瞬間、への字に形作られた唇は再びゆるりと弧を描いた。
ベッドに手を付き、身を乗り出した臨也は楽しそうな笑みを浮かべながら俺に向かって腕を伸ばした。その手が向かった先はとある一点。


「ていうかシズちゃんさあ、何でピアス開けられただけで興奮しちゃってんの?」
「…っ、いっ…!」
「耳に針ぶっ刺されて勃起しちゃうなんて、とんだドMの変態だねえ?池袋最強の名が泣くよ」
「…っ、うるせえ、手前だっておっ勃ててんじゃねえか、このサド野郎がっ…!」


臨也に握り込まれた自身は、確かに隠しようも無いほどに反応を示していた。
耳の中を針が通過していくそのピリピリとした痛みを快楽に変換したのか、それとも容易に傷つけられはしない自身の身体に異物が侵入してくる感覚に高揚を覚えたのか。
自分自身でも確かな要因は分からないが、だがピアス穴を開けるその行為に興奮していたのは間違いなく事実だった。
言い当てられた真実に、一瞬羞恥で肌が火照りそうになったが、そう言っている臨也の下半身も身につけているスラックスの布を押し上げるほど反応を示しているのが目に止まり、腕を伸ばして仕返しと言わんばかりに握り込んでやる。


「…ッ、手癖が悪いねえ。これはちゃんとした躾が必要だ」
「ハッ、ペットだっつーんなら、そのペットの犬が悪さしないようにきっちり調教しろよ、ご主人さまよぉ」
「…言うようになったねえ、シズちゃんも」


飼い犬に自分の瞳と同じ色のピアスをプレゼントするだなんて、大した入れ込みようじゃないか。
いくら本人が否定しようとも、それは婚約指輪で永遠を誓わせ恋人を支配しようとするその行為と大差無い。
全て分かったつもりで優位に立った気になっている飼い主気どりの哀れな男に、それを指摘してやるのはこの身体の昂りを鎮めてからにしよう。
売り言葉に買い言葉の他愛ない応酬を合図にしたかのように、2人で再びベッドに沈み込む。その反動で、シーツに引っ掛かった安全ピンに耳を引っ張られピリッとした痛みが走った。











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