なんだいシズちゃん、俺は君のことを何とも思っていないだって?はは、よく分かってるじゃないか、ご名答ってやつだよ。
まさかとは思うけどシズちゃんさあ、俺が君のこと愛してるとでも思ってたわけ?っていうかそもそも付き合ってる気でいたわけ?
ふふ、「愛」だって。ほんっと笑えない冗談だよね。
確かに俺は君とセックスをするけど、それが何?まさかシズちゃん、セックスは愛の象徴だとかそんな青臭いこと言っちゃう系の人?
その冗談は笑えないけど、いい歳してそんなこと思っちゃってるシズちゃん自体は実に滑稽で笑えるよ。
シズちゃん、そういうの何て言うか教えてあげようか。自意識過剰っていうんだよ。たったの1,2度寝ただけで彼女ヅラしてくる面倒臭い女と一緒さ。
…あ、何?そんな経験あんのかって顔してるねえ?ハハ、あるよ、あるある。ていうか現に今もそんな状況だしね。まあ相手は可愛らしい女の子じゃなくて柔らかさも可愛さも無いゴツい男だけどさ。
シズちゃんさあ、いい加減に現実を見なよ。君も男なんだから分かるだろ?男の性的衝動は下半身に直結してる、って。愛なんて無くたって、性欲を発散させるためなら女とセックス出来るしその気になりゃ男だって抱ける。そういうもんだよ。
「好きな人としかセックスしない」なんて、そんな戯言を言っても許されるのは夢見る処女だけさ。間違っても25歳にもなる、しかも男が言っていい台詞じゃない。
…だからさあ、シズちゃん。そのあからさまに「傷つきました」みたいな顔すんの止めてよ。反吐が出そうだよ、本当。そもそも愛してるだの愛してないだのの下らない話題を持ち出してきたのは君のほうじゃないか。
俺はシズちゃんのこと全然、まったく、微塵も、これっぽっちも愛しちゃいないけど、シズちゃんとのセックスだけはそれなりに好きだからこれからも性欲処理は付き合ってあげてもいいよ。
ここまでひどいこと言われても、どうせ君は俺から離れられやしないんだろう?だってシズちゃんみたいな化け物の相手をしてくれる奇特な人間なんて、俺以外に居ないもんねえ?俺が君のことをどう扱おうと俺の勝手さ。だって俺は誰からも相手にされない君なんかのことを構ってあげてるんだから。
感謝されるならともかく、非難される謂れはこれっぽっちも無いよ。ねえ、そうだろう?
だから、今後ともよろしくね、シズちゃん。










「…そんなこと言ったのかい?だから今日の静雄は妙に機嫌が悪かったのか」
「へえ、シズちゃん機嫌悪かったんだ」
「今日の池袋では、いつも以上に標識が引っこ抜かれて自販機が空を飛んだと専らの噂さ」
「そいつは見物だねえ」


まるで気にした様子も無く優雅な仕草でティーカップを傾ける臨也に、新羅は眉を寄せて溜息をついた。


「君たちの関係に口を出すつもりはないけど…何でそんな余計なこと言ったんだい?そんなこと言われたら静雄じゃなくたって怒るし傷つきもするよ」
「………」


新羅からの問いかけもまるで聞こえないような素振りで紅茶を啜る臨也に、業を煮やした新羅が彼のティーカップを取り上げる。
奪われたカップを横目に、不服そうに息を漏らした臨也は膝の上で細長い両の指を組んでみせた。


「…コートがね、俺の家にあったんだよ」
「コート?」
「女物のコートだよ。壁にかけてあったそのコートを、あからさまに気にしてるくせにシズちゃん何も言ってこなくてさ。そのうえ『お前が何をしようと俺は気にしないし口を出すつもりもない。どうせお前は俺のことなんて何とも思ってないんだろ』とか上から目線で分かったようなこと言ってくんの。…何も分かってないくせにさ。だから腹が立って」
「…ちなみにその女物のコートの出所は?」
「波江さんが忘れてっただけ」


話し終え、新羅の手から再びティーカップを取り戻すと臨也はその縁に口をつける。
すっかり冷めてしまった紅茶の味に顔をしかめると、カチャリと音をたてて乱暴な仕草でカップをソーサーの上へと戻した。


「だからって何でそんなこと言うんだよ。君がそういう余計なことを言うから、話がややこしくなるんじゃないか」
「…俺が、ご丁寧に言ってやったんじゃ意味が無いよ。シズちゃんが自分で気付かなきゃ、何の意味も無い」


臨也は冷めきった紅茶にはもう手をつけるつもりは無いらしく、手持無沙汰に傍らのシュガーポットから角砂糖をひとつ取り出すとそれを手の平の上で転がしてみせる。


「そんなに難しいことじゃない、ちょっと考えれば分かることだよ。性欲処理のためだけなら、俺の取り巻きの女の子でも適当に捕まえたほうが遥かに楽だ。何でよりにもよってテクニックもクソも無い童貞処女の男と手間暇かけてアナルセックスに勤しまなきゃいけないのさ、普通に考えれば分かることだろう?…考えれば分かるのに、考えようともしないで俺の思いに気付きもしないで、自分の殻に閉じこもって悲劇のヒロインぶってる、その被害者思考が腹立たしいんだよ」


荒くなる語調と共に力を込めた手の平に乗せられた角砂糖が、パキリと割れた。
粉々になった白い砂粒が、サラサラと零れ落ちテーブルの上に小さな山を作る。


「シズちゃんが自分で気付くまで、俺は気持ちを伝えるつもりは無いしこの関係を止めてやるつもりも無いよ。…時間がかかるかもしれないし、もしかしたら一生気付かないかもしれないけどさ。シズちゃん、馬鹿だから」


そう言って自嘲気味に笑う友人の姿を見て、新羅は思わず言葉を失った。
お互いに好き合う者同士が関係を成就させるためだけのことに、ここまで回り道をしなければいけないのか、と。
どうしても解けない難題の答えを人に教えてもらうことは簡単だ。だが易々と答えを教えてもらった問題は、所詮その程度の意味しか持たない。
人の記憶に残りもしないし自分がその問題で悩んでいたことすらすぐに頭から追い出されてしまう。
その答えに辿り着くまでの方程式を自分の頭で考えて導き出してこそ、その問題は意味を持ったものになるのだ。
恐らく、臨也はそういったことが言いたいのだろう。だがいくら尤もらしいことを言った所でそれは結局建前にしか過ぎず、実の所は自分の気持ちにこれっぽっちも気付いてくれない想い人にただ腹を立てているに過ぎない。
そして自分の気持ちにも相手からの気持ちにもとっくに気付いている臨也からしてみれば、自分自身の気持ちには気付いているものの相手から向けられている愛情を信じようとしないどころか気付きもしていない静雄のその態度が腹立たしくて仕方ないのだ。だから尚更、静雄が自ら臨也の想いに気付くまでは優しく諭してなんてやるものかと意固地になっているのだ。
お互いに素直じゃなくて意地っ張りで、それでいてお互いを想う気持ちは人一倍強いのだから、救いようが無い。

君も人のこと言えないくらい馬鹿だと思うけどね。
馬鹿な相手を好きになってしまった馬鹿な友人にそう言ってやると、くしゃりと顔をしかめられた。









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