※シズイザです。 ※いつもと何ら変わらないノリですが一応シズイザです。 ※ご注意! 俺と彼の関係に名前を付けるとしたら、一体何だろう。 『知り合い』。さすがの俺もただの知り合いレベルの人間に股を開くほど尻軽じゃない。 『セックスフレンド』。いや、友達じゃないし。 『恋人同士』。…冗談じゃない。 「…性欲処理」 思い付きでポツリと呟いてみた言葉があまりにもしっくりときて、沈鬱な気分になる。 自分が言ったことに自分で落ち込むなんて馬鹿げている。そうは思いつつも、降下していくテンションを再び盛り上げるのは最早不可能だった。 窓から差し込む朝陽に目を細め、不自然に空いたベッドの隣のスペースをぼんやりと眺める。 皺が寄ったシーツにそっと触れてみると、温もりは残っておらず恐ろしいほどにヒヤリとした感触が手の平を包み込んだ。 俺が目を覚ます前に帰ったというより、もともと彼は此処に寝転びすらしなかったのだろう。 ケダモノじみたセックスを終えた後に気を失った俺を、ベッドにちゃんと寝かせて、汗と精液で汚れた身体の後処理をきちんとしてから彼はこの部屋を後にしたのだろうか。 だが、そんな余計な優しさなんて俺は望んじゃいない。不必要な優しさを見せるくらいなら、たった一度だけでもいいから「好きだ」という言葉を言って欲しい。 「…なんて、思ってもないこと言えないか」 あれで意外に真面目な彼のことだから。嘘をつくのが面白いほどに下手な彼のことだから。 「好き」だなんてお互い口にしたことも無い。「付き合おう」だなんて提案をしたことも無い。 俺とシズちゃんがこんな関係になったことに、キッカケなんて1つも無い。探してみようにも見つからなかった。 ただ喧嘩の延長でセックスをして、そして身体を重ねる回数が増えるごとに喧嘩の回数は減っていった。 そうして長年の因縁だとか犬猿の仲だとかそういったしがらみが綺麗さっぱり消え去った後、俺達の間に残ったものは最早習慣化してしまった互いの身体を慰めるために行われる週に一度のセックスだけだった。 相手を罵倒する代わりに唇を貪り、拳を振るう代わりに腰を振り、殺し合いの代わりにセックスをした。酷く暴力的なセックスを。 俺達の間に、恋だの愛だのそんな甘ったるい睦言は存在しない。進展など期待することのほうが馬鹿げている関係だというのに。 ほんのお遊びや暇つぶしのつもりで始めた関係に、まさか自分のほうが溺れて本気になってしまうなんて、それこそ馬鹿げている。 昨晩、散々彼を受け入れた下半身はだるく重い。 身を起こす気分にもなれず、寝転んだままベッドサイドに置いてある携帯へと手を伸ばし、画面を開く。 脳裏によみがえるのは、昨晩の出来事。 「そういえばオムライスなんてここ最近食べてないなぁ。久しぶりにちょっと食べたいかも」 発した台詞に深い意味など何も無かった。 ただ、付けっぱなしにしていたグルメ番組で洋食店の特集をしていたから。ただ、沈黙が気まずかったから。ただ、ソファに座って雑誌を眺めているだけで口を開こうとしない彼の声を聞きたかったから。 身体を重ねるようになってから、彼との会話は極端に減った。考えてみればすぐ分かることだが、今まで俺と彼がしていた会話はとても言葉のキャッチボールとは呼べないレベルのただの罵り合いだったわけで。趣味も違えば好きな音楽もテレビ番組も食べ物の嗜好でさえ何から何まで気の合うところなんて一つも無い俺達から「口喧嘩」というコマンドを抜き去ってしまうと、共通の話題を見つけることすら困難を極めた。かと言って仲睦まじく愛を語り合うような間柄では間違っても無いのだ。 喋ることだけは得意だったはずなのに、俺は一体どうしてしまったというんだろう。 過去に「うざいほど無駄に良く回る」と彼から称された俺の口は閉ざされたままで、思考回路をフル回転させてみたって気の利いた話題なんて1つも思い浮かばなかった。 テレビ画面を見ながら当たり障りの無い会話を振った俺に対して、彼から返ってきた返答もまた当たり障りの無いものだった。 「……ふーん」 視線を落とした雑誌から顔を上げることもなく、此方をチラとも見ようとせず、ただひたすら興味無さげに呟かれた言葉。 俺はもうそれ以上何も言えなかった。新しい話題を振ることも、無理矢理に会話を続けることも、「このお店結構近いから、今度一緒に食べに行こうよ」だなんて提案も。 俺は何も、言えなかった。 昨晩の出来事を思い出した途端に苦い感情が胸に広がり、眉を潜める。 シズちゃんは一体俺のことをどう思っているんだろう。なし崩し的に始まったこんな不安定な関係が、そう長く続くはずも無い。 続けようとしなければ、変化を望まなければ、いつか必ず終わりを迎えてしまうはずなのだ。そのキッカケはあまりにも些細なことかもしれない。 例えば、俺が彼とのセックスを拒否したら。例えば、俺が部屋で隠れるようにしてじゃなく外で堂々と逢いたいと言ったら。例えば、俺が彼に好きだという気持ちを伝えたら。 「…そろそろ、潮時かなぁ」 遊びで始めた関係は、まだ「遊び」の範疇に留めていられる程度で、終わらせるべきなのだろう。これ以上、深みに嵌ってしまう前に。 手元の携帯画面を再び開き、メール画面から彼のアドレスを呼び出す。もたつく指で、絵文字も記号も何も無い飾り気の無い一文を打ち込んでみた。 『もう、うちに来ないで』 あとはこれを送信するだけだ。たったの数秒でこのメールは彼の元へと届き、そして彼がここに来ることはもう二度と無い。俺と彼との関係は今この瞬間、永遠に終わるのだろう。 送信ボタンへとかけた指が小さく震えた。気持ちを落ち着かせるために試みた深呼吸も上手くいかず、浅い息を吸っては吐いてを繰り返すばかりで何の意味も成しはしなかった。 深く瞼を閉じて、もう一度深呼吸をする。ゆっくりと瞼を押し上げ、意を決してボタンへと伸ばした親指に僅かに力を込める。いや、込めようとした。 そのとき、丁度タイミングよく腹の虫が鳴き出したりしなければ。 「…そういえば、昨日の夜から何も食べてないな」 ぐううとド派手な音で喚き散らす腹を抱えたままでは、先程の重苦しい気持ちは何処へやら頭を占め始めるのは空腹感のみだった。 とりあえず何か食べようかと思い、立ち上がりキッチンへと向かう。メールを送るのはそれからでも遅くは無いだろう。 覚悟を決めたというのに、何だかんだと理由をつけて決断を後回しにしている自分に少し苦笑する。 「あれ…、何だこれ」 何かあったろうかと考えながら開いてみた冷蔵庫のど真ん中に、何やら見慣れぬ物体が圧倒的な存在感を放ちながら鎮座していた。 ほとんど自炊しないため、飲料水と簡単な調味料ぐらいしか並べられていない冷蔵庫の中で、その存在は明らかに異端だった。 真っ白な皿の上に乗せられた黄色いもの。ご丁寧にラップがかけられたそれを、逸る気持ちを押さえながら取り出す。 「………ッ!」 それは明らかに手作りらしい雰囲気を放つオムライスだった。そういえば、きちんと片付けられてはいるが包丁やフライパンに使用した形跡が若干残っている。 そして俺の家でオムライスを作って、それを冷蔵庫へときちんとしまい、片付けまでして帰っていくような奴は1人しか居ない。検討を付けるのはあまりにも容易だった。 震える手でラップを外してみると、オムライスの上にはケチャップで模様が描かれていた。 少し歪に崩れてはいたが、それは間違いようも無くハートマークだった。 ねえシズちゃん、何でわざわざこんなものを作っていったの?いつもはセックスをして用が済んだらさっさと帰るくせに何で今回はこんな慣れないことをしたの?俺が久しぶりにオムライス食べたいって言ったから?興味無さそうだったのに気にしてくれてたの?君は一体どんな気持ちでどんな顔をして、このハートマークを描いたの? もしかして俺は、ちゃんと君に愛されてるの? 途端に溢れ出した感情を抑えきれず、思わず口元を手で覆った。 人間は、予想の範疇を越えた嬉しい出来事に見舞われたとき、泣きたくなるものなのだと初めて知った。 駆け足でベッドへと戻り、放り出していた携帯を手に取るとメール画面に打ちこんでいた文を躊躇なく消去した。 新たに打ちこんだ言葉は、あまりにも短く簡潔なものだ。だがこれ以上に今の俺の気持ちを的確に表した言葉は無いだろうと思った。 今度は一秒たりとも悩むことなく送信ボタンを押す。 『シズちゃん好き!』と送った俺へのメールに、程なくして返ってきた彼からの返答は『うるせえ、黙って死ね』というあまりにも冷たいものだったが、それでも俺は笑った。 |
タイトルはSalyuちゃんのとある曲の歌詞からほんのり拝借。このフレーズが好き。 |