※死ネタ注意




家に帰ると臨也が居た。
何事も無かったかのように俺の家に居てキッチンで火にかけた鍋の中身を掻き回していて、何でも無い事のように「お帰り」と言ってくるものだから俺もつい「ただいま」と返してしまった。

荷物をテーブルの上に置く。
部屋の中に充満している匂いから察するに、臨也が熱心に掻き回している鍋の中身はカレーだろう。
臨也の背に近づいて後ろから覗いてみると、やはり予想は当たっていた。

臨也は料理が下手だ。というより料理に限った事では無く、一般的な家事がほとんど出来ない。
掃除だとか洗濯だとかそういった事に関しては全くの無知で、俺と一緒に暮らすまでコイツは洗濯機の回し方すら知らなかったのだ。
全くどこのブルジョアなお坊ちゃんだと腹立たしい思いもあったが、何事も全て嫌味なほど卒なくこなす臨也の意外な弱点は面白くもあり愛しくもあった。
卵焼きは焦げた炭と化し、味噌汁は異常に塩辛くて飲めたものじゃない。とんでもないポイズンクッキングをやらかしてみせる臨也が唯一まともに作れる料理がカレーだった。
具材を切って炒めて煮込めばいいだけという失敗したくてもしようが無い初心者にも易しいレシピは、究極の料理下手の臨也にも当て嵌まったようだ。
出来あがったカレーは特別美味しくも無い極めて普通の味だったが、「(いつもの料理に比べると)美味しい」と言ってやると、調子に乗った臨也は何かにつけてカレーを作るようになった。

そんな経緯を思い出している俺の心中など知る由も無く、此方を振り向いた臨也は鍋の中身を小皿に少しだけ取り分けた。
「はい、味見」と手渡されたそれは、やはり美味しくも無く不味くも無く一番コメントに困る味だったが、それでも俺は臨也が作るこの微妙な味のカレーが好きだった。


「……いざや」
「なぁに、シズちゃん」
「………やっぱ、何でも無ぇ」
「なにそれ、変なの」


混乱してる頭の中を悟られないように、努めて冷静に振る舞ってみたつもりだったが、やはり名を呼ぶ声は震えていた。
おかしそうにクスクスと笑う臨也の顔を見ているとそれ以上何も言えなくなって、口をつぐむ。
飲み込んだ言葉と気持ちが胸の辺りにモヤモヤとつかえて、一気に涙が溢れそうになった。
押し寄せる感情をどうにか堪えて飲み込んだ唾は、心なしかどこかしょっぱい味がした気がした。


「あ、これ俺が好きな店のシュークリーム?買ってきてくれたの?」
「…ああ」
「シズちゃん、こういうとこ意外にマメだよねぇ」


テーブルの上に乗ったケーキ店の箱を見つけた臨也が感嘆の声をあげる。
甘いものが苦手という訳では無いが好んで食べることはしない臨也が、唯一ここの店のものは好きだと言っていたシュークリーム。
俺の家から決して近くは無い距離にあるその店に、わざわざ電車を乗り継いでまで足を運んだのは今日が特別な日だったからだ。
だが、それは決して臨也と食べようと思って買ってきた訳じゃない。臨也が俺の家に居ることを想定して買ってきた訳では無いのだ。
真実を臨也に伝えてしまえればどんなに楽だろう。だが「ありがとうシズちゃん」と微笑む臨也の顔を見ると、結局俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み黙り込むしかなかった。





食事を済ませ、風呂に入り寝室へ向かうと臨也は既にそこで寝ていた。
俺のベッドの隅でまるで小さな子供のように背を丸め寝ている臨也の髪を撫でる。サラリと指の隙間から零れる髪の感触は何も変わっちゃいない。
頬にそっと触れてみる。男のくせに綺麗すぎる肌の滑らかな感触も変わらず以前のままだった。
何も変わらない、ずっと変わらない、以前のままの臨也の姿が余計に俺の胸を締め付けるのだ。
また思わず溢れそうになった涙をぐっと堪えて、なるべく視界に入らないように臨也に背を向ける形でベッドへ潜り込んだ。
寝ぼけているのかそれとも元々起きていたのか、俺が横になると見計らったように背後から臨也の腕が伸びてきて身体を抱きすくめられた。
臨也の寝息が首筋に当たる。風呂から上がったばかりで火照る俺の身体とは真逆に、俺を抱きしめる臨也の腕は悲しくなるほどに冷たかった。






窓から差し込む眩しい陽射しで目を覚ます。
身体を起こし隣を見遣ると、臨也の姿は既にそこに無かった。不自然に空いた隣のスペースに手を這わせてみるが、温もりなど残っているはずも無い。
寝室から出てリビングへ行ってみる。食器棚にはきちんと洗われた使用済みのカレー皿が2枚。冷蔵庫の中にはまだ半量ほど残ったカレーが入った鍋。
だが探せども探せども臨也が此処にいた形跡だけは綺麗さっぱり消えている。何も残っていないのだ、臨也の匂いも温もりも、何もかも。


「…もう、勘弁してくれよ……」


1年に1度だけ、臨也は俺の前に姿を現す。そしてその翌日には忽然と姿を消す。
俺は1年の間に様々な策を巡らせて臨也のことを忘れようとする。臨也の代わりに他の奴と親しくして付き合ってみようともする。
だが足掻いて足掻いて俺がようやく臨也の面影を頭から追い出しかけた所に、アイツはまた俺の前へと姿を現す。そして俺に現実を突き付けるのだ。
誰を代わりにしようとも俺が一番愛しているのは変わらず臨也なのだと。俺が臨也を忘れることなど出来る筈が無いのだと。
出来ることならこのままずっと一緒に居たい。そう再認識させたところで臨也はまた俺の前から姿を消す。目を覚ます度に俺は絶望のどん底へと突き落とされる。
俺は、一体あと何回こんなにも残酷な朝を迎えればいいのだろう。


「…いい加減、忘れさせてくれよ……」


いくら願ったところで、臨也はまた来年のこの日も俺の前に姿を現すのだろう。
美味しくも不味くもないカレーをかき混ぜながら、自分の好きなシュークリームを買ってきた俺に「ありがとう」と微笑むのだろう。
もう勘弁してくれ。これ以上俺を苦しめないでくれ。もう忘れさせてくれ。
そう懇願しつつも、1年にたった1度臨也と会えるこの日を心のどこかで期待してしまっている自分が一番浅はかだ。
臨也はもう居ない。もう、我慢しなくてもいいよな。
堪えていた感情を解放すると、まるで堰を切ったかのように大粒の涙が零れ出した。

嗚咽を漏らしながら、昨日買ってきたシュークリームを皿に乗せ棚の上の写真立ての前に供える。
シュークリームの向こうの臨也の遺影は、悲しそうに笑っていた。












毎年、自分の命日にだけ静雄に会いに来る幽霊折原さん。
単純に静雄のことが心配で会いに来てるのか、他の奴に静雄を渡したくないから自分を忘れさせないために会いに来ているのかどっちの解釈でもいいと思っていますが、私的には後者だと思ってます。お亡くなりになっても独占欲バリバリの折原さま。



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