見られている。
数メートル先のソファの上から、絶賛仕事中の俺を眺める突き刺すような視線を一身に受けながら、若干の居辛さを感じつつ手を止める。
キーボードを叩く音が止むと同時に、ふいと逸らされる視線。そしてもう一度再開すると、再び熱い視線が俺の元へ向くのが分かる。

一体何だというのだろう。
ため息をひとつ付いてから、顔は目の前のパソコン画面に固定したまま口を開く。


「シズちゃん、もうかれこれ30分だ」
「…何がだよ」
「君が俺のことを眺め始めてから」


何でそんなことが分かるんだ、と悪態をついたシズちゃんが今更ふいと顔を背けたのが視界の端に映る。
見てるんだか見てないんだか知らないけど今君がつけてるそのテレビ番組が始まったのが30分前だからだよ、その番組が始まった頃からビシバシ視線を感じるようになったから。
そう言ってやると、シズちゃんはぐ、と言葉を詰まらせた。


「あんまり見ないでよ」
「見てねえよ」
「なら、どっか行きなよ」


30分もの間、さながら恋する乙女のように熱い視線を浴びせかけておきながら、この期に及んでまだ否定をする彼に冷たく言い放つ。
先程までとはまた違った種類の視線を隣から感じ、キーボードを叩く手を止めそちらを見遣ると、何とも微妙な表情をしたシズちゃんと目が合った。


「これ以上見るようなら、お金取るよ」
「拝観料取れるような顔かよ」
「生憎、自分がそこらの男と比べてかなり整った容姿をしている自覚はあるからね」
「……うっぜえ」


忌々しそうに顔を歪めた彼に、手の平を差し出し「ほら千円」と催促してみると、いよいよ彼は憎らしげに舌打ちをして立ち上がるとドスドスと足音を立てながら寝室へと引っ込んで行った。
これでようやく一安心だ、と俺はホッと胸を撫で下ろす。

関係のない文字をタイピングしては消してを何度も繰り返し、未だ真っ白なままのパソコン画面を眺め、俺は小さくため息をついた。
テレビ番組が始まったのが30分前からだから、なんて適当な言い訳は真っ赤な嘘だ。
彼が俺を眺め始めた時間を把握するのは、そんなまどろっこしい探り方をせずとも驚くほど簡単だ。だって、彼が俺に熱い視線を向け始めてから、俺の仕事はほんの少しも進んでいないのだから。
愛しい恋人にあんなにも熱い視線を向けられてしまっては、例えその理由が分からずとも気もそぞろになってしまうのは仕方が無いことだ。
気分が浮つき、仕事なんて全く手に付かず、時計の針だけが着々と時を刻んでいく。
恋人との甘い時間と、粟楠会へ提出する明日が期限の報告書。
その2つを天秤にかけ、前者へと傾きかける気持ちを鬼の心で何とか押さえつけ、苦渋の決断を下すのに30分もかかってしまった。

だがこれで、ようやく仕事に集中できる。
冷たい態度を取ってしまったシズちゃんに対しては、後で何かしらのフォローをしておこうと心に決めてパソコンへと向き直る。
すると、パタリと小さな物音がしたかと思うと引っ込んだばかりの寝室から再びシズちゃんが顔を覗かせた。
ズンズンとこちらに歩いてきてずいっと差し出された彼の右手には何かが握り締められている。
呆気に取られながらも、それを確認してみると彼が愛喫している銘柄の煙草が2箱。ますます意味が分からず眉を潜める俺に、彼が口を開いた。


「それもいいけど、お前はもっとフレームが細いやつのほうが似合うと思う」
「…へ?」
「……眼鏡」


漸く口を開いたかと思えば、やはり意味の分からないアドバイスをし始めたシズちゃんに間抜けな返事を返すと、ぼそりと呟かれた言葉で俺はその時初めて自分が眼鏡をかけていたことを思い出した。
目の使い過ぎだろうか。ここのところ急に落ち始めた視力を補うためにパソコン作業の時だけ使用することにしている黒縁の眼鏡をシズちゃんの前でかけたのはそういえば今日が初めてだ。
だからと言って、それと今俺の眼前に突き出されている煙草とに一体何の関連性があるのかは分からない。
煙草の箱とシズちゃんの顔を交互に見比べると、彼の頬が仄かに赤く染まる。そして、きゅっと結ばれた唇が言い辛そうにもごもごと動いた。

「…今、給料日前で金無ぇから、とりあえずこれが担保ってことで」
「は?…いや、何が?」
「………」
「…シズちゃん?」
「これ以上見るつもりなら、千円よこせって言ったのはテメエだろ…!」


俯いて真っ赤に染まった顔を隠しながら声を張り上げたシズちゃんが、握り潰されてぐしゃぐしゃになった煙草の箱を俺へと押し付ける。
ああ、なんということだろう。まさか、彼を追い払うために適当に言った冗談を真に受けていただなんて。
普段はツンデレのデレの部分を何処かに置き忘れてきたのかと思ってしまうほどに、つっけんどんな態度しか取らない彼から突拍子もなく投下された爆弾に、俺の自制心はボロボロに破壊し尽くされてしまった。
眼鏡かけた俺ってお金払って眺めたいほどイイ男?なんて軽い冗談すら言えないほどに、どうしようもない愛しさが募っていく。
にやける口元を押さえて黙りこんでしまった俺を、不安そうに覗き込んだシズちゃんの腕を掴んで引き寄せると、バランスを崩した身体が俺の方へと倒れ込んだ。
肩の辺りへと雪崩れ込んだ顔に唇を寄せ、耳元にソッと言葉を叩き込む。


「俺の仕事が明日までに終わらなかったら、シズちゃん一緒に粟楠の人達に謝ってくれる?」


怪訝そうな顔をして、なんのことだと言いかけたシズちゃんの台詞は最後まで聞かずにキスをして、言葉ごと飲み込んだ。
残念ながら答えは聞いていない。俺を煽ったのは君のほうなんだから、ちゃんと責任はとってもらうよ。











黒羽桃さまからリクエスト頂きました「眼鏡な臨也にドキドキしちゃう静雄」でした!
眼鏡臨也はいいですよね、わたし大好き!と思いながら書いてたんですが、あんまり眼鏡かけてる描写が入れられなかったですね…貴様…
黒とか茶縁のぶっとい眼鏡も好きなんですが、個人的に折原さんにはシルバーフレームとかの細い感じの眼鏡が似合うかなあと思いました!

黒羽さま、毎日stkして頂けてるだなんて何と恐れ多い…!
私のほうこそ黒羽さまのサイトにこそっ…こそそっ…とお邪魔させて頂いてたので、リクエスト頂けた時はびっくりしました!(笑)
よろしければ、これからもいらしてやって下さいね(^^)


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