何やら騒がしい。
頭上でザワザワとやかましく鳴り響いている音が、話し声なのだということに気付くのに数分の時を要した。
それを理解してしまってから、奥底に沈んでいた意識が急速に浮上していく。
明るい陽射しが瞼の裏を焦がし、その眩さに誘われるまま目を開くと、ベッドで眠る俺を覗き込む4つの顔と目が合った。


「あーっ、臨也くんやっと起きたーっ!もうお昼だよお寝坊さん!」
「臨也…疲れてるんだな…」
「疲れてる割には昨夜しっかり静雄とヤる元気はあったみたいだけどな」
「よしてください、下世話なことを言うのは」


ちなみに今のはサイケ・津軽・デリック・日々也の台詞だ。
人数が多過ぎてどれが誰の台詞なのか分かりにくいだろうが。いちいちモノローグで説明しなきゃいけない俺の苦労も考えて発言してくれ。
と愚痴を零してみたところで、そんな気苦労をコイツらに理解してもらえるとも思えない。
俺と同じ顔と、可愛い恋人と同じ顔がそれぞれ等しく2つずつ。
今更なうえに彼らを創り出したのは他ならぬ俺自身なのだけど、やはり自分と同じ顔が並ぶというのは何とも言えないものがある。シズちゃん達はともかく。そりゃシズちゃんと同じ顔なら話は別だ。シズちゃんと津軽とデリックが3人並んで何やらキャイキャイしていようものなら、それはただの天使の集いでしかない。


「あれ…、シズちゃんは?」


何故コイツらが勢揃いで俺の目覚めを待っていたのかは考えたところで分かるはずが無いし、そもそもいつもは創造主である俺を差し置いて腹が立つほどシズちゃんにべったりのくせに、今日は揃いも揃って一体何だというのか。
未だ本調子が出ないぼやぼやとした思考回路がそこまで辿り着いた所で、俺はようやく広めのダブルベッドの隣に愛しい恋人の温もりが無いことに気付いた。
デリックの言うことじゃないが、まぁ確かに仕事が忙しくて近頃はご無沙汰だった夜の営みというやつを久々に行ってみれば予想以上に燃え上がってしまって、昨夜は2人とも疲れてそのまま抱き合って眠りについたはずなのに。


「シズちゃんなら、とっくに起きて出掛けたよーっ」
「え?」


ベッドの傍らで見下ろす他の3人はともかく、俺の上に馬乗りになっているサイケはとにかく邪魔だ。身を起こしサイケを脇に退かせながらふと感じた疑問を口にすると、俺の腕の中であくまで無邪気な声が響いた。
思わず目を丸くし、聞き返す。「静雄なら朝早くに出てったぜ」と次に答えを返してきたのはデリックだった。どちらにせよ結果の変わらぬ答えに腕の力が抜け、抱えていたサイケを勢いよく床にどすりと落とすと「臨也くん痛い何すんの!」と抗議の声が聞こえたが、そんなものは俺の意識の奥底には届きやしない。

シズちゃんは基本的にいつも俺よりお寝坊さんだ。それはセックスのとき俺より派手に快楽を享受して派手に喉を嗄らして喘ぐシズちゃんのほうが、より体力を消耗するからなのか何なのか。
とにかくシズちゃんの眠りは深くて、俺が目覚める頃にはまだ彼は夢の世界の住人になっていることが常だ。
目を覚まして一番にシズちゃんの寝顔を見るのは俺の楽しみでもあるし、寝ているシズちゃんに朝一番にこっそりキスをするのは俺の日課でもある。
そのシズちゃんが俺より早く起き、しかも俺に何も告げず出掛けてしまっただなんて。
嫌な予感がざわざわと胸中を駆け巡る。言い知れぬ不安に押し潰されそうになりながら、ベッドサイドに置いてあった携帯に手を伸ばした。
『今どこに居るの?』と俺らしくもない用件を告げるだけの短いメール。恋人からの返信は存外早かった。だがその返信内容は俺の不安をますます助長させるものにしか成り得なかった。
『夕飯までには帰る』という彼からのメールは、きちんと答えているようでその実、俺の問いかけに少しも答えてはいない。真正直でドが付くほど素直な彼が、一体いつの間にこうも上手くはぐらかす方法を覚えたというのか。


「マスター、とうとう静雄に飽きられたんじゃねえの?」


にやにやと口元を緩め、小馬鹿にしたように告げられたデリックの言葉がぐさりと胸に突き刺さった気がした。
そんなデリックをやんわりと窘めた後、「静雄さんにも静雄さんの事情があるだけでしょうから、あまり気になさらないほうがいいですよ」とかけられた日々也のフォローも俺の心に平穏をもたらしはしなかった。
今すぐにでもシズちゃんに電話をかけ、俺の不安を煽る全てを問い質してやりたい衝動に襲われる。一体何処にいるのか、誰と居るのか、何をしているのか。
しかし携帯のボタンに伸びた指は、アドレス帳を開いたところで動きを止める。聞いて、どうする。それでもし、彼から決定的な言葉を聞かされでもしたら、俺はどうすればいいんだ。
デリックの言う通り、シズちゃんが俺に飽きたのだとしたら。とうとう愛想を尽かしたのだとしたら。シズちゃんが俺とは違う誰かと寄り添っているのだとしたら。
手の中の携帯を閉じ、そっとベッドサイドへと戻す。気を落ち着かせるために口にしたコーヒーの苦みが、驚くほど口内に広がった。






宣言通りシズちゃんは陽が落ちる前に帰って来た。
右手にスーパーの袋をぶら下げている所を見ると、ついでに夕飯の買い出しをして帰ってきたのだろう。だが流石にたかが夕飯の買い出しで朝から今まで出掛けていたわけではないことなど分かり切っている。
帰って来て早々「シズちゃんお帰りーっ!」と抱きつくサイケに少し微笑って頭を撫でてから、その後ろで微妙な顔をして出迎える俺に気付いたシズちゃんが少し首を傾げる。


「…?ただいま、悪かったな勝手に家空けて」
「…ううん、お帰り」


俺の胸に渦巻くどす黒い感情を押し殺し、何とか笑顔を作って答えてみる。大丈夫だろうか、俺は今ちゃんと笑えているだろうか。
自問自答してみるも、シズちゃんが少し怪訝な顔をしたところを見ると、俺の努力は上手く報われなかったらしい。


「すぐ飯作るから、先に風呂入ってこいよ」
「……うん、そうする」


俺の様子がおかしいことはバレてしまっただろうが、シズちゃんはそれ以上何も聞いてこなかった。
気を使ってくれているのか、それともそんなことなど気にならないくらい俺に関心が無いのか。シズちゃんの性格を考えると後者の可能性は限りなく低いのだが、一度ドツボにはまってしまった後ろ向きな思考はそう簡単に吹き飛んでくれやしない。
夕飯の支度をするシズちゃんの後ろに纏わりつき摘み食いをするサイケを優しく叱りつける、いつもなら心が和むはずのそんな光景が、どうしようもなく薄ら寒いものに見えてしまい嫌気が差した。





湯船に浸かり一人になると、ネガティブな考えはどんどんと加速していく。
シズちゃんは今日一体誰と一緒に居たんだろう。いや、そんな考えは結局俺の思い過ごしかもしれない。デリックがあんなことを言うものだから変に真に受けてしまっただけかもしれない。
だが、やましいことが無いのだとしたら何故俺に黙って出掛けてしまったんだろう。何故どこに行っていたのか話してくれないのだろう。


「俺に飽きた……か」


確かにそうかもしれない。
俺は全身全霊でシズちゃんのことを愛していて、そして逆に彼からも愛されている自信があった。だがそれと同時に必要以上に彼を束縛し縛りつけている自覚もあった。
彼が俺以外の誰かと親しくしている場面を見かけると堪らなく不快だった。俺以外の誰かと言葉を交わし、俺以外の誰かに微笑みかけるのが堪らなく不愉快だった。
勿論そんなことを面と向かって彼に伝えたことはない。だが本音を隠して生きることが専売特許だった俺も、こと平和島静雄の前ではそのポーカーフェイスもがたがたに崩れ落ちてしまうのだ。俺のシズちゃんに対する隠しきれない歪みきった黒い感情は、彼自身にもバレバレだったかもしれない。

俺は等しく全人類を愛すばかりで、特定の誰かを深く愛したこともそして誰かに深く愛されたこともない。それはシズちゃんだって同じだ。
だからお互い初めて他人から注がれる愛情に、溺れて依存してしまったのかもしれない。
でも、今はどうだろう。シズちゃんは以前みたいに誰彼構わずブチキレるようなことも見境なく暴力を振るうようなことも殆ど無くなった。
その結果、元来の素直な性格も機縁となって、近頃シズちゃんの周りには段々と人が集まり始めている。
彼にはもう、俺からの愛情も執着も必要ないのかもしれない。彼は最早化け物じゃない、俺からの愛なんて無くても既に誰からも愛される人間になっているのだ。
いつまでも同じ場所で踏みとどまっているのは俺のほうだ。いつまでも彼から与えられる愛に溺れているのは俺のほうだ。

もし、シズちゃんから決定的な言葉を告げられたら。その時、俺はちゃんと笑って彼の言葉を受け入れてあげられるだろうか。
馬鹿げたことを考えている。そんなもの、いくら考えたって答えはノーに決まっている。
どうすることが一番最善なのか、分かっているはずなのに。それなのに結局自分の幸せを一番に考えてしまう俺は何と浅ましいのだろうか。
堂々巡りを繰り返す思考と、それと同時に募っていく自己嫌悪にとてつもなく吐き気がした。







「長く入ってたな、臨也。もう飯出来てるぞ」


風呂から上がると、食事が乗せられた皿をテーブルに並べ終えエプロンを外していたシズちゃんが振り返った。
何も言わず深刻な顔で押し黙っている俺に、シズちゃんは眉を寄せる。


「臨也…?どうした、お前さっきから何か変…」
「…シズちゃん」
「え?」


乾き切っていない髪の先から、冷たい水滴がポタリと床に落ちる。
言わなければ。伝えなければいけないのだ。決意すると共に、柄にも無く手が震えた。


「好きな人の幸せを祈るのが、一番いい恋人の在り方だって分かってるよ。だからシズちゃんが俺以外の誰かを好きになって、その人と幸せになりたいっていうなら俺はそれを笑って見送ってあげるべきなんだ」
「は……?」
「分かってるけど…分かってるんだけど、でも、やっぱりそう簡単にはいかなくて」


自分がシズちゃんを一番幸せにしてあげられるんだ、なんてそんな風に自惚れているわけじゃない。自分がそんな器じゃないことも分かっている。


「でも、俺はシズちゃんに幸せになって欲しいし、出来ればその隣りにいるのは俺であって欲しいんだよ…」
「…臨也、おまえ何言って…」
「静雄がコソコソ出掛けるから、何かめんどくせーことになってんだよ」


伝えようと決心した別れの言葉は結局口から出てこなかった。その代わりに零れ落ちた何とも未練ったらしい台詞に嫌気が差すと共に、シズちゃんが戸惑ったように俺に手を伸ばす。
すると、背後から突然デリックの声が俺達の間に割って入った。


「マスターが変な勘違いしてるみたいだからちょっと面白くて煽ってみたけどよ、予想以上にこじれちまったみたいだな」
「え、ちょっと…俺が勘違いって何…」
「…よく分かんねーけど何となく分かった」
「え、シズちゃん?」


頭の上に疑問符を飛ばしまくる俺を余所に、何やら納得したらしいシズちゃんが小さく頷いた。


「臨也、目ぇ閉じろ」
「…え、え?」


やけに真剣な声音でそう告げられ、緊張が走る。何だろう、殴られでもするんだろうか。
戸惑いながらも、ぎゅっと強く瞼を閉じてみる。シズちゃんの手がそっと肩に置かれ、思わず身体が強張った。
その次の瞬間、俺を襲ったのは全く予想外の衝撃だった。


「…っ、え…?」


頬を張られた痛みでもない。殴られた痛みでもない。ただひたすら柔らかく暖かいものに唇が包まれる感触。
それがシズちゃんから与えられたキスなのだということを理解すると同時に、閉じていた瞼を思わず開いてしまった。
驚きで目を見開く俺を迎えたのは、余りに優しいシズちゃんの笑顔。


「誕生日おめでとう、臨也」


シズちゃんがそう告げたのと同時に、一体今までどこに居たのかわらわらとサイケ・津軽・日々也が「ハッピーバースデー」を合唱しながら出て来た。歌い終わると同時に先頭に立っていたサイケが、手に持っていたものをでんっとテーブルの上へ置く。それは手作りらしいバースデーケーキだった。


「臨也くん誕生日おめでとー!」
「誕生日おめでとう…臨也…」
「誕生日おめでとうございます、臨也さん」
「誕生日おめでとな、マスター」


口々に告げられる祝いの言葉に、目を見開き口をポカンと開けたままの今の俺の顔は恐らくとんでもなく間抜けだろう。
混乱する思考回路の中、たっぷり10秒ほどの時を要して今日の日付を思い出した俺は、ようやく今日が自分の誕生日なのだということに気付いた。


「自分の誕生日忘れるなんて、人の事言えねえよなお前も」
「…え、あ、俺…」
「ほら臨也、手ぇ貸せ」


俺の左手を取ったシズちゃんが、スラックスのポケットから何やら小さな箱を取り出す。


「プレゼント何がいいか考えたんだけど、お前が欲しいものとか貰って嬉しいものとかよく分かんなくてよ…、結局1日かかっちまった」


照れ臭そうにそう言ったシズちゃんの手が俺から離れていく。
その場に残された俺の左手の薬指にはキラリと光る細身の指輪が嵌められていた。


「…シズちゃん、もしかして…今日、これ買いに…?」
「…アクセサリー店なんか初めて入った。店員に『彼女さんへのプレゼントですか?』って聞かれて…、かなり恥ずかしかった」


その時のことを思い出しているのか、シズちゃんの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。
さっきまで、不遜とした態度だったくせにここで照れるなんて反則だ。つられて赤くなってしまった俺を見て、シズちゃんが小さく笑った。


「何考えてたのか知らねーけどよ、…俺の幸せはお前が作ってくれるんだろ?」


ああ、俺はとんだ馬鹿だ。何て罰当たりな勘違いをしていたのだろう。俺はこんなにも彼に愛してもらえていたというのに。
自分ばかり彼を愛している気になって、彼から与えられている愛情に気付くことが出来なかった。彼を幸せにしたいだなんて、とんだ自惚れだ。
彼が隣りに居るだけで、俺は幸せだった。俺が一緒に居るだけで、彼も幸せを感じてくれていた。そのことに気付けずに、馬鹿な勘違いをしていた俺は何て愚かだったんだろう。


「…勿論だよ、シズちゃん」


シズちゃんの左手を取り、指輪の代わりにその甲に恭しく唇を落とすと、彼はくすぐったそうに笑った。その笑顔が、つい先ほどまで俺の胸にぐるぐると渦巻いていた負の感情を嘘のように吹き飛ばしていく。
サイケ達4人が手作りしたらしいバースデーケーキは形もぐちゃぐちゃで味も甘ったるく、お世辞にも美味しいとは言えないものだったけれど、それでも俺が感じた暖かい優しさに包まれたこの幸せは、きっと勘違いなんかじゃ無いはずだ。







(シズちゃんはともかく、まさかお前らまで祝ってくれるとは思わなかったよ)
(まあ誕生日だからね!今日くらいは臨也くんに優しくしてあげようかな、って!)
(明日っからは通常運転だからな、マスター)
(……お前ら………)





屮已さまから頂きましたリクエストで『臨静前提の派生組に総愛されな臨也』でした。

基本的に臨也さんは派生組に総スカンされてるイメージしか無いので、愛されるなんてそれは恐らく誕生日限定だ!という勝手な思い込みで、臨誕とごっちゃにして祝ってもらいました(^^)しかしその割にあんまり愛されてる感が無いというアレ…?な結果に。アレレ…??
でもイザシズと派生組が一緒に住んでて、大家族よろしく皆でわちゃわちゃしてるところを想像したら可愛くて和みますね!これあんまりわちゃわちゃしてないけど!

さいさん、何だかリクエストにイマイチ沿ってなくてすみません…!
おおお、よろしければこれからも宜しくしてやって下さい〜!(図々しいわ!)



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