翌日、俺からの呼び出しにシズちゃんは渋る様子もなく実にアッサリと応じた。
いつものラブホテルで事に及び、今は疲れて寝てしまったシズちゃんの寝顔を俺は複雑な気持ちで眺める。


「…ねえ、昨日は誰と何処のホテルに行ったの」


そっと呟いてみる。もちろんシズちゃんから返ってくるのは規則正しい寝息だけだ。


「…あのオッサンとのセックスは気持ち良かった?…俺よりも?」


嫌気が差す。
面と向かって問い質す勇気も無いくせに。彼を縛る権限なんて持ち合わせてもいないくせに、嫉妬するなんてお門違いにも程がある。
俺や昨日の男以外にも、シズちゃんにはそれはもう数え切れないほど沢山のセフレが居る。
男好きだとか淫乱だとかそんな風に言ってしまえばそれまでだが、俺はそれがシズちゃんの処世術なのだということを知っている。
特定の誰かに特別な感情を抱かないために、彼は毎晩相手を変えて男と寝る。
最初は愛だの恋だのそういったものが面倒で恋人を作らないのかと思っていた。だが、それもどうやら違うらしい。
シズちゃんには、俺と出会うよりも前、たった1人だけきちんとお付き合いをした相手が居たそうなのだ。


『でもその相手がノンケの男でね、結局そのうち相手に新しい彼女が出来て静雄は捨てられちゃったんだ』


それが相当ショックだったみたいで、こんな想いを味わうくらいならもう二度と恋人なんて作らない、そんな風に思っちゃったんだろうね。
そう言っていたのは、俺にシズちゃんを紹介した張本人でもある友人だ。
本人から聞いたわけではないのだからその話が必ずしも真実であるとは限らないが、俺以上にシズちゃんとの付き合いが長い友人が言うのだから恐らく間違い無いのだろう。それに当のシズちゃんを見ていても、実際そんな節がある。
その話を聞いた時、俺は顔も名前も知らぬその男を恨んだ。恨みに恨んだ。
ノンケの男が自分に好意を寄せる彼を面白半分で弄んで結局ボロ雑巾のように捨て去った結果が、今のシズちゃんだ。
シズちゃんとその男が付き合っていなければ。もっとお互い納得のいく形でマシな別れ方をしていれば。
そうすれば、シズちゃんは今でも他人と愛情を持って触れ合うことに、恐れを抱いたりしなかったかもしれないのに。
決して報われぬ想いを向け続ける俺に、気付いてくれたかもしれないのに。


「……ッ!」


ふいにベッドサイドに置いてある彼の携帯が、ピピピと音を立てた。
いつもセットしてあるアラーム音じゃない。これは恐らくメール受信を知らせる着信音だ。
甲高く鳴り響くその音に目を覚ましたシズちゃんが、もぞりと身動きをして携帯に手を伸ばす。
画面から放たれる白い光が、薄暗い室内をぼんやりと照らし出した。
メールの文面を読んでいるのだろうシズちゃんの表情が、僅かに曇った。


「どうしたの?」
「…わり、用事出来たから行くわ」
「えっ」


短くそう告げたシズちゃんがベッドから抜け出し、床に散らばった服を集め始める。
何で、こんな時間に、一体誰と。途端に湧き上がった疑問の答えは、自分自身で即座に見つけ出すことが出来た。
昨日のあの男に呼び出されたんだ。直感でそう思った。理屈も根拠も無いが、ただそう感じた。
またあのドロリとした感情が湧き上がる。数十分前まで俺で満たされていた彼の秘所に、今度はあの男が入り込むというのか。
嫉妬。嫌悪。そういった不快感が胸に充満して、どうしようもなく吐き気がした。

やがて身支度を整え、部屋を出て行こうとしたシズちゃんがふいに此方を振り返る。
眉を潜めて怪訝な顔をしている彼の表情を見て、俺はようやく無意識のうちに彼の腕を掴んでしまっていたことに気が付いた。


「…何だよ、離せよ」
「行かないでよ」
「はあ?」


しまった。そう思った時は既に遅い。
あからさまに困惑の表情を浮かべた彼を前に、俺は次の言葉を言い淀む。
こんな風に彼を縛ろうとしたことは今まで一度も無かった。これからするつもりも一切無かった。
そんなことをしてしまえば俺たちの関係はそこで終わってしまうと思っていたから。
でも、そうしなければ俺たちは一生このままだ。何ら一切変わることなく、ぬるま湯に浸かったようなこの関係がただ漫然と続いていくのだ。そして俺はこの先もずっと、彼が他の男と夜を共にする度に身を焦すような劣情に駆られるのだろう。
そんなのは、もう耐えられなかった。


「…好きなんだよ、シズちゃん。俺は、君のことが好きなんだ」


言ってしまった。
一呼吸おいて俺の言葉を理解したシズちゃんの目が、大きく見開かれる。


「…ふざけんなよ」
「ふざけてないよ」
「じゃあ、からかってんだろ」
「だから、そうじゃない。…どうすれば信じてくれるの」


拒絶の言葉を吐き出し続けるシズちゃんの頑なな態度に、心がズキリと痛む。
俺の気持ちなんて受け入れて貰えないだろうことは分かってはいたが、こうも否定されてしまうと正直傷つく。
真正面からじっと目を見つめると、シズちゃんが居心地が悪そうに視線を泳がせた。


「…信じれるかよ。お前だって俺と同じで、遊びで他の男と寝るような奴だろ」
「…じゃあ、こう言ったら信じてもらえるかな。俺はもうここ何年もシズちゃん以外の男と寝てないよ」


シズちゃんの視線が再び俺へと向けられる。その瞳は驚愕の色で塗り潰されていた。


「…ッ、うそだろ、そんなの。お前、何人もセフレ居たじゃねえか」
「居たけど全員切ったよ。もう連絡も取ってない」
「何で、そんな」
「だって意味無いよ。…シズちゃん以外に勃たなくなっちゃったんだから」


それは全て本当のことだ。口からでまかせを言ったわけじゃない。
そのことは呆気に取られたようにポカンと口を開けたシズちゃんにも分かったのだろう。
彼の表情にどんどんと困惑の色が広がっていき、戸惑ったように瞼が伏せられる。
もう逃げ出す可能性も無いだろう。ずっと掴んだままだった彼の腕を離すと、力無くダラリと垂れ下がった。


「…いつから、だよ」
「さあ、いつからかな。少なくともシズちゃんと初めてセックスした時は既にそうだった」
「…何で今更…そんなこと言うんだよ…」
「…俺も、言うつもりは無かったんだけどね」


自嘲気味に呟いたあと、でも、と続けるとシズちゃんの視線が僅かに俺のほうへと向いた。


「顔も名前も知らないどっかの男に付けられた傷に遠慮してシズちゃんのことを諦めるほど、俺は優しくないから」
「……ッ!」


シズちゃんが息を呑むのが分かった。
何でそのことを知ってるんだ、そう言いたげな瞳で見つめられるが俺はその後一切言葉を発しなかった。
シズちゃんが何か言おうと口を開くが、結局その喉から言葉が零れ出てくることは無く、意味も無く開閉が繰り返される。


「………俺は、お前と恋愛するつもりは無ぇ」
「…うん、知ってる」


ようやく告げられた言葉は俺にとって絶望的な響きしか持ち得ないものだった。
だが、そんなことは最初から分かっていた。彼とどうにかなりたいなんて、この想いを受け入れて尚且つそれに答えて貰いたいなんて、そんなおこがましい期待は抱いていいものじゃない。
これで俺と彼の関係は終わった。短く告げられたシズちゃんの台詞が、全てを物語っていた。
恋人を作る気の無い彼が、自分に好意を寄せる男とセックスするなんてそんな危険を冒すはずがない。
もう彼とこんな風に過ごすことは無いのだろう。ただの友達にだって戻れない。顔を合わすのもこれが最後かもしれない。
次々と溢れてくる可能性に、胸が押し潰されそうなほどの後悔の念に襲われた。
何で俺はあんな馬鹿なことを言ってしまったんだ。今更そんなことを思ったって遅すぎる。


「…じゃあ俺、行くから」


小さく気まずそうに呟き、背を向けたシズちゃんの後ろ姿を今度は引き留めることすら叶わない。
どうしようもない絶望感に見舞われながら、俺は言葉も無く彼の背を見送った。


「……引き留めろよ」
「……え?」


扉の前で足を止めた彼が、小さく呟いて此方を振り返る。
その表情は複雑で、彼の真意がちっとも読み取れない。
俺が眉を潜めると、ズカズカと歩いて俺の真正面へと引き返してきたシズちゃんがもう一度「引き留めろよ」と告げた。


「他の男ンとこに行くんだぞ。お前はそれでいいのか」
「い、いや…よ、良くはないけど、ていうか嫌だけど、でもシズちゃん」
「…お前、俺のこと好きなんだろ。…なら、簡単に諦めんな」


シズちゃんの顔がふいにクシャリと歪んだ。これは、寂寥感だ。
彼は好きになって一度は心を通い合わせた人間に、新しい彼女が出来たからといってアッサリ捨てられた過去がある。
だから、好きだと言いつつも一度断られたくらいでいとも簡単に身を引いた俺の態度に、少なからず物寂しさを感じたのだろう。
俺は馬鹿だ。俺は一体今まで彼の何を見てきたというんだ。彼が欲しい言葉も、態度も、俺は全て分かっていたというのに。


「…シズちゃん、俺、シズちゃんのことを束縛してもいいの?」
「……良くはねーけど」


お前なら信じてやってもいい気がする、少し照れたように恐る恐るそう言ったシズちゃんが愛しくて愛しくて堪らない。
彼が今までどんな経験をしてどんな仕打ちを受けどんなトラウマを抱えていたって、そんなものは俺に何の関係も無い。そんなもの、いくらでも俺が払拭してやる。


「じゃあ手始めに、シズちゃんをしつこく呼び出したその男に今から会いに行こう」
「…は?何でだよ」
「静雄は俺の恋人だから今後一切手を出すな、って殴り飛ばしてやるから」
「…ッは、慣れないことすんなよ、馬鹿」


そう呆れたように苦笑したシズちゃんは、それでもとても幸せそうに微笑んでいたものだから、俺はこの笑顔をこの先ずっと守り抜こう、とガラにもなくそう心に誓ったのだ。











竜田さまから頂いたリクエストで『おホモだちな学生臨→静』でした。
詳細な設定を頂きまして私自身「何それ素敵…!」と萌え滾ったのですが、何だか頂いた内容と若干違うものになってしまったな…と後悔。ウッすみません…

本当は静雄がアッサリ部屋を出て行ってしまった所で終わらせようと思っていたんですが、結局静雄がデレてハッピーエンドで終わってしまいました。む、無理矢理感が否めない!幸せ厨ですみません><

竜田さま、この度は素敵なリクエストと拙宅の企画にご参加頂きまして有難うございました!
1万企画やってた頃からだなんて…、そんなにも以前から通って頂けていたことに驚きと喜びを隠せません、わああ有難うございます…!勇気を振り絞って下さって有難うございます(^^)私も嬉しい!
うう、私のことが大好きだなんて私のほうこそそんな素敵なことを言って下さる竜田さまが大好きですうう><
これからもどうぞ宜しくお願い致します。



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