これこれの続き





悪夢、再び。
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


「…勘弁しろよ」


原因不明の幼児化で小学生並の姿に逆戻りしてしまった俺に臨也が強姦まがいの行為をしてきやがり、数日後にその臨也までもが幼児化したにも関わらずまたしても大人の姿である俺に強姦まがいの行為をしてきやがり、まあ何だかんだでお互い元の姿に戻れてホッと胸を撫で下ろしたのはつい先月の話だ。

だというのに、何でまたこんなことに。
目が覚めて、まだ眠気の残る目元をこすりながら上体を起こすと肩からズルリと抜け落ちたスウェットに嫌な予感がした。
明らかにサイズが合っていない服を引き摺りながら急いで洗面所へと向かい、鏡で確認した姿は間違いなく昨日までの自分では無い。
濃い栗色の髪、丸く小さい顔、大きな瞳、短い手足。
今となっては過去の写真でしか見る事が出来ないはずのその姿は、間違いなく十数年前までの俺だ。

二度あることは三度あるとよく言うが、こんな漫画のような現象にまでそんなルール当て嵌まらなくてもいいじゃないか。
精神面がどうとかそんなことは置いておいて、そもそも人間は少なくとも外見だけは成長する生き物じゃないか。退化するなんて有り得ない。
だがその有り得ない事態が一度ならず二度までも自分の身に起こっているのだ。
絶望的な気分でズキズキと痛む頭に手をやると、鏡の中の子供も同じ動作をする。
やっぱり鏡に映っているこの子供は間違いなく俺なんだ、そう再認識して沈み込む気分のままに溜め息を吐いた。


「…新宿、行ってくるか」


そう思い立ったのは、情報屋という職業柄、認めたくはないが何だかんだで頼りになるアイツなら再び舞い降りたこの事態も何とかしてくれるかもしれない、という淡い希望が芽生えたからだ。
少し心細くなってしまいアイツの顔が見たくなったとか、そういう乙女チックな理由では決して無い。
思い立ったが吉日。俺はサイズが小さめのトレーナーを着込み、ジーンズの裾を引き摺らない程度まで折り返し支度を整えると、部屋を飛び出した。







池袋の俺の部屋から新宿のアイツのマンションまでの距離は、こんなにも遠かっただろうか。
まだ俺とアイツがいがみ合っている時代、殺し合いの最中の鬼ごっこでは池袋から新宿まで走って行ってしまったこともあるというのに、子供の姿の今の俺では電車という公共機関を使っても尚、果てしなく長い距離のように感じた。
ようやく辿り着いたマンション。慣れた手つきでオートロックを外し臨也の部屋へと向かう。
いつもの3分の2ほどしかない身長ではエレベーターの階数ボタンを押すことすら困難だ。
何とか辿り着いた部屋のインターホンを鳴らすと、奥のほうから此方に駆けてくる慌ただしい音がした。
その足音が何故だかいつもより軽い感じがして、嫌な予感が加速度的に募っていく。まさか。まさかまさか。
ガチャリと開けられた扉の向こうから顔を覗かせた臨也を見て、予感が的中したことを悟った俺は本日2度目の溜め息を吐くしかなかった。


「マジかよ…」
「…やっぱりね。そうだと思ったよシズちゃん」


そろそろ来る頃だと思ってたよ、と俺を部屋の中に招いた臨也はどう見ても幼い子供の姿をしていた。
夢なら覚めて欲しい、と強く瞼を閉じて3秒。再び開いた瞳に映る世界はつい先ほどと何ら変わってはいない。
高校の入学式で俺達が初めて出会ったときよりも遥かに幼い容姿をした臨也は、驚くのも分かるけどさ、とコクンと小首を傾げる。


「ボーッとしてても仕方ないし、とりあえずは何か解決策を考えようよ」
「…また、随分余裕だなテメエは」
「え、だってこうなるの2回目だしなあ。まあ、慌てたってどうなるものでもないよ。どうせまた何時かは元に戻るって」


べっ、別にまた子供姿のシズちゃんが見れて嬉しい!とか可愛いマジ萌え!とか思ってるわけじゃないんだからね!とかなんとか大幅にポイントがズレている気がしてならないツンデレ発言をかましている臨也に本日3度目の溜め息を吐いて、部屋に上がり込んだ。







とりあえず何か分かるかもしれないし調べてみるよ、と臨也はお得意の情報網を駆使して原因を探るべくパソコンに齧り付いてしまった。
俺はというと、コイツみたいに情報通なわけではないし友人に相談してみようにも「朝目が覚めたら子供になっていた」なんて馬鹿げた話を信じてくれるとも思えないし、出来ることといったら臨也が何か良い解決策を掴んでくれるよう願うことくらいだ。
ソファに座り臨也が淹れてくれたココアを飲みながら、手持無沙汰にただ何となく傍らに置いてあるチェストの引き出しを開けてみる。


「……!」


中から現れたものに、驚いて思わず開けた引き出しをすぐさま閉める。
バタンという音が静かな室内に存外響いて、警戒しながらチラリと仕事机に向かう臨也に視線を送るが、相変わらず忙しなくパソコンのキーボードを叩くばかりで此方の様子を気にする様子は無い。
少し安堵して、五月蝿く鳴る心臓の鼓動を抑えながら、もう一度恐る恐る引き出しを開いてみる。
その中に入っていたのは、ショッキングピンクの色をした物体。所謂大人の玩具。俗に言うバイブ。
言うまでもなく、先日臨也が幼児化した際に俺にブチ込まれそうになった代物だ。


「アイツ…こんなもんまだ持ってやがったのか…」


捨てとけ、と言っておいたのに。
引き出しの中に手を伸ばし、そっと手に取ってみる。両手で持ってみても手に余るそれは例え俺が子供の姿でなくとも相当なデカさだろう。
性器を模したその物体を手にするのは初めてで、無機質な質感と冷たさに腹の底から何とも言えない興奮が湧き上がってくるのを感じた。
何考えてんだ、俺は。今はそんな場合じゃねえってのに!
とにかく臨也に見付からない内にこんな物騒なものは捨ててしまおう。
そう思い、ソッとソファから立ち上がりかけた。


「何してんの、シズちゃん」


思わず肩がビクリと強張った。少し浮いた腰が再びソファに沈む。
突如かけられた言葉に恐る恐る振り返ってみると、先程までパソコンに向かっていたはずの臨也がすぐ背後にまで迫ってきており、しかもその瞳は嬉しそうに三日月型に細められている。
今コイツが考えていることが俺には手に取るように分かる。分かるからこそそれに気付かないフリをしてフイと視線を逸らした。




えろのターン!