「渡草」
「あん?」
「降ろしてくれ」
「ぁあっ? ナニ言ってやがる門田もう信号変わ・・・オイオイオイ!」

焦る運転手の制止を無視してシートベルトを外すと勝手知ったるワゴンのドアを開け外に飛び出る。仕事用具とは別に用意してある鞄を持つことも忘れない。閉める前に後部席の男女が「ヒュー、一途だねぇドタチン超ずっきゅん!」「駄目っスよ渡草さん邪魔しちゃ、門田さんは愛に生きる男なんスよ」と勝手なことを言って囃し立てていたが、何が愛だ。俺に恋人は居ないし作る気も暫く無い。そういうのは、免許とかバイトとか喧嘩とかやりたいことが沢山あってそのうえ周りに喧嘩売るようなまねもしてた高校時代で失敗して懲りた。それに、まだやりたいことがあるから女と付き合うにこじつけてもどうしても半端になってしまう。一番大事に出来る保証も無いのに付き合うようなことはしたくなかった。そういう意味では、わずか15歳にして現在の紀田は立派だと思う。

「よう」

早足で追いかけ、ワゴンから見つけた金髪に声をかける。すらりとした長身を汚く曲げた後ろ姿、見間違えようのないトレードマークのバーテン服は何故かところどころが煤けている。聞こえているのかいないのか、返事も無ければ、目的の人物はあゆみも止めない。アスファルトを胴より長い左脚で蹴り歩く。猫背なのにどうしてかその姿に目が惹きつけられる。不思議だ。
普段街で見かけても互いに声をかけたりかけなかったりする程度の付き合いである。どうして今日はわざわざ車から降りたのか。
いつもより若干右足を摺るようにしていたからだ。

「静雄」

足元に点々と続くヘンデルとグレーテルのような落とし物に顔をしかめる。不安は杞憂にはならなかった。容易に追いついて肩に手をかける。瞬時に、爆発的な殺気が俺ただ一人に向けられ鳥肌が立ったが、「・・・ああ」お前か、みたいな吐息を奴がつくとさらっと消えた。見慣れた顔はサングラスを付加としても変わらない。だが、そこにちらほらと見受けられる切り傷は生来のものでは決して無い。

「あー、なんつか、久しぶりだな」
「おう。元気か」
「お前は・・・」

呆れて物も言えない。何が元気か、だ。

「来い!」
「は? いや俺、中断してた仕事戻んねえと」
「ぽたぽた血垂れ流しやがって。んな足で戻ってどうすんだ、いいからこっち来い」

無事らしい手首を掴む。そこから血が指を経由し地面まで伝っていたが出血は腕からのようだった。なのに奴をあまりいたわらないのは俺も怒っているからだ。
奴の本来の進行方向から90度曲がった近場に、人通りの無い小道がある。俺より確実に上背も腕っ節もある男はそれでも意図が気になったのか黙って手を引かれるままついてきた。人違いで殺気を放った奴の負い目に付け込むようだが、今回ばかりはこちらもそれに甘える。人の坩堝たる池袋では希少である人が入ってこないこの裏路地は、高校時代の俺が見つけ、ワゴンの中でさえ躊躇されることをしようとするときに何かと利用している。悪名高く寝首をかこうとする輩が多い喧嘩人形の治療シーンなど、弱みと見られないとも限らないので他者の目がつかない場所でやるにこしたことはない。――今回は助ける側での活用だ、出来るならば毎回こちらの意味で使いたいものである。直接太陽光が入らないから薄暗いが、今の時間帯だと見えないことも無い。所有権の無い場所などこの地球上には存在しないから、きっとここも誰かの土地なのだろうが持ち主が訴えて来ない限りは今後もご相伴に与るつもりだ。

「ほれ、裾捲れ。診てやる」

腕まくりをする俺に不服そうな顔をする同窓生、平和島静雄。沸点の低さに定評のあるこの男から怒りを買うことは滅多に無かったが、それは普段俺達の間に横たわる距離のためだろう。それをこんなふうに縮めようとするのは随分と久しぶりのことだったし、かつて俺達の関係の中で一度だけ起こった大喧嘩の原因はそれが発端であった。

「なんでお前がそんな。仕事終わりに新羅のとこいくつもりだったんだぜ、闇とはいえあいつの腕は信頼してるからな」

暗に俺の腕は信じてないと言われているようなものだったがそりゃそうだろうなと勝手に納得したので返事はしなかった。指示通りに動こうとしない静雄の額に散った前髪を手を伸ばして横に払うと、ぎょっとした様子の目。あいたデコ、そこにも赤い筋が出来ていた。いつまで経っても成長しない奴らめ、と嘆息。
この男の肌に傷を負わすことのできる相手は限られているのだ。行為という意味でも、肉体的にという意味でも。大体一人に絞ることが出来る。友人の顔がひどく不機嫌なことを考慮すれば推理は解答に結び付く。
愛されたがりの友人は唯一愛してくれなくていいと思っている相手と今日もいざこざを起こし生傷をこさえていた。人間であるなら誰でもいいからとまで言う愛したがりな相手も唯一愛したがらないのが静雄なので奴らの関係は本当にどうしようもない。破綻した奴らの関係は周りの尽力では修復せず、神頼みさえも無意味な模様。
痛そうだなあナイフ傷、と前髪を撫でて呟くと払われる手。いってぇ。たったそれだけの仕種で右手が痺れた。

「っ、いきなり触るな」
「触ったら駄目か」
「破傷風になるぞお前」
「聞きかじりの誤った知識で、友人のお節介を跳ね退けられるとか思ってんなよ」

一瞬その傷舐めてやろうかという悪戯心がむらむらと湧いたが武士の情けでやめてやる。その背格好から火と刃で攻められたのだろうと察することができ、火傷の対処法について頭の中に収納した辞書をめくる。静雄の右足が負っているのがそれだ。仕事用とは別に持っていた鞄から必要な用具を取り出し、何度もシュミレートした処置法を、専門家に勝ることはないものの危なげないと自負する速度でしてゆく。ちなみに鞄の中には火傷のほかに凍傷、裂傷、意識不明状態に対応できるグッズが入っている。出来れば一生使いたくないと思うが多分いつかこいつらも使う日が来る、役立つかはともかくとしても。どうしようもなくわかりあえないどうしようもない奴らから、どうしようもない程の憎しみが消えない限りは。
静雄は感心しているのか諦めたのかやがておとなしくなり、どうやら第二次大喧嘩勃発とはならなかった。幸いである。仲直りを越えての現在とは言え、あんな想いはもうしたくない。
足元にひざまずく俺に棒立ちの静雄の言葉が上から降ってくる。

「・・・闇医者でもなけりゃ情報屋でもねえ、ただの左官屋が、なんでそんな知識持ってる」
「ヒロイン並に巻き込まれ体質の不器用な友人をたまに助けるためさ」
「ケッ、惚れるぞ」
「黙れ愛されだかり。とっくに愛してやってるんだからお前も素直になれや。つか、あーおい、お前こんな足で仕事行こうとかしてたのか。化膿とか考えろよ」
「・・・まあお前と友達で居るには、たまにくらいで丁度いいんだよなあ」

全くもって同感である。だから多分明日からも俺はお前を見かけたら声をかけ、お前は無視をするんだろう。お互いギリギリのところで友情を存続させるために。
それを声に出しての返事とはしなかったが包帯に悪くない気持ちを込めて傷口を包む。応急処置くらいにはなったろう。最愛の弟が認可して心を開く上司が居る無二の仕事だ、どうせ這ってでも仕事には行くつもりなんだろうなとわかっていたから手遅れにならないうちにあらかたの世話だけはしておこうとこんなお節介をしてしまったが、どっちにせよ岸谷のところに受診すべきなのだ。ともあれ、早くよくなあれ。静雄が確認するように右足を上下にし、手を示した。それにつかまり立たせてもらうと、友人はしみじみ言った。

「門田。お前、千景以上にモテるだろ」
「とんでもねーよ」

男門田京平只今女無用。
仲間と本と友人がいりゃ、割と満足であるのだ。






ひのけあみの未祈さまに30万フリリク企画で書いて頂きました…!
未祈さんの門静が大好きすぎるため友達以上恋人未満な門静をお願いしたのですが、もう本当に初めて拝見したときはリアルにもんどり打ちました。ドタチンが男前すぎて…生きるのが…辛い…
周囲から見たらちょっと友情が行き過ぎてるくらい仲良しな門静(来神時代)→お互いの領域に踏み込みすぎちゃって大喧嘩→仲直り後は最低限レベルでのお付き合い(現代)
という素敵な流れがありますので、是非とも未祈さま宅の「別に」シリーズを拝読されることをお勧め致しますすみません勝手に宣伝です大好きです!
未祈さん本当に有難うございました、大切に飾らせて頂きます…!



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