「と、約束したはいいものの…」


どこで待ち合わせるとかそういう話まったくしなかったなあ、そういえば。
学生寮への挨拶を終え、学内を案内してもらうべく静緒ちゃんのもとへと向かおうしたのだが、何処で待っていればいいのやらサッパリだ。
とりあえず静緒ちゃんと別れた地点まで戻ってきて、彼女が歩いていった方向へと足を向ける。
弓道部の自主練と言っていたから、恐らく弓道場があるはずだ。

数分歩いたところで、小さな建物が見えてきた。
小ぶりだが立派な造りで、『修道館』という看板が掲げられていることから、恐らくここが彼女の練習場と考えて間違いないだろう。
勝手に中に入っていいものか少し迷ったが、まあ俺もここの生徒なのだから怒られることは無いだろうと考え、足を踏み入れる。
だが中に人の気配は感じられず、そろそろと覗いてみた射場にも他の部員はおろか静緒ちゃんの姿さえも見当たらなかった。

もう練習を終えて着替えてるところだろうか、それとも行き違いになってしまったのだろうか。
考えても仕方ないので、とりあえず中を見て回ろうと足を踏み出したところで、聞き慣れた声が微かに耳に届いた。


「おいコラてめ、帝人っ…!やめろ、折れる折れる!いってえええ!」
「そんな繊細な体じゃないでしょう、我慢して下さいこの程度」


間違いない。静緒ちゃんと帝人くんだ。
俺は2人の声が聞こえる、用具室と書かれた部屋の前で立ち止まる。

こんなとこで何してるんだろ。
一体何をしているのか全く推し量れない先程の会話の内容を思い出しながら、首を傾げる。
もしもここが更衣室であったとしたら、勝手に入ってしまえば女性の裸に興味がない俺でも間違いなく変態に認定されること請け合いだが、ここは用具室。
勝手に覗いても、まあ怒られはしないだろう。

一応控えめにコンコンとノックをしてから扉を開けると、俺は眼前に飛び込んできた光景に思わず自分の目を疑った。


「締めすぎ!コルセット締めすぎ!マジ骨折れるっ…!」
「大丈夫です。例え折れたところで、死にゃしませんよ貴方なら」
「何の根拠があっての大丈夫なんだよテメエっ……え?」


そこには静緒ちゃんの腰を掴み、巻きつけられたコルセットをギリギリと締めつける帝人くんがいた。
そこまではまだいい。
今時の女の子が何でわざわざコルセット?なんて疑問も浮かぶがそこまではまだ不自然じゃない。
だが明らかに不自然なのは、静緒ちゃんが上半身素っ裸で、下半身も下着しか身につけていないという異様な光景。
しかも、あらわになっている静緒ちゃんの胸は真っ平ら。
よく比喩表現で胸の小さい女の子のことをまな板だなんて呼ぶが、これはまさにまな板だった。
比喩表現なんかじゃない。膨らみなんてどこにもない、本当のまな板だった。
それに決定打はその下半身。身につけられている下着は明らかに男物のボクサーパンツで、しかもその股間には俺が常に見慣れている、男なら誰にでもついている共有のものの膨らみがっ…


「おっ…お、お、お、男っ…!?」


驚きで目を見開く俺を余所に、静緒ちゃんはさっさと制服を身に纏い、スカートの裾をひらりと揺らしながら俺に近づき、ニコリと愛らしい笑顔を浮かべた。


「え?何言ってるの、折原くん?」
「あぁ、もしかしてさっきの俺の勘違いだったのかなハハ、なんて夢オチにはさせないからね!」
「やだぁ何喋ってるのか全然分かんない」
「今更そのわざとらしい女口調やめろよ!男のくせに!」


ぶるぶると震えながら指を差すと、作り笑いをを止めた静緒ちゃんは先程とは打って変わって憮然とした表情を浮かべた。
面倒くさそうに頭を掻きながら、これまた面倒くさそうに溜息をつく。


「触ってもじんましんが出ないはずだよ!だって男じゃん!」
「はあ?じんましん?何の話だよ」
「男みたいな名前だろ、って当然だよ!だって男じゃん!」
「本当は『静緒』じゃなくて『静雄』な」


今までの声はどうやら作り声だったらしく、地声に戻った静緒ちゃん…いや静雄くんの声はつい先程よりもぐっとハスキーになっていた。
いや、ていうかもうこれ男だよ。どうしたって男の声だよ。
俺より背が高いのも、ショートヘアなのも、短いスカートが履けないのも全て分かってしまえば、当然のことだ。
だって男なんだから!


「何で男なのに女装なんかして学校にっ…へ、変態!」
「変態?それお前が言えた義理かよ」
「え?」


まさか。


「帝人のことをいやらしい目で見たり」
「え」
「俺みたいに女っぽくない奴なら、お付き合いできるかもしれないなーなんて不埒なことを考えてみたり」
「な」
「あまつさえ、運命の相手とやらを元男子校で探そうとしたり」
「なっ…」


まさか。まさかまさかまさかまさか!


「お前、ゲイだろ」
「…!っ!?!?」


そうだ。そうなのだ。
今までの俺の言動の数々とプライバシーゼロのだだ漏れなモノローグを見てきた頭の良い人は、最早言うまでもなくお気づきかもしれないが、俺はいわゆる同性愛者。
異性ではなく同姓に対して恋愛感情を見出す性癖の持ち主なのだ。

中学の時にしたって、級友たちがプールの授業でどの女子の胸が大きいだの尻が綺麗だのという話題で盛り上がってる横で、俺はずっと体育教師の海パンを眺めていた。
そして今だって、俺がこの来良学園に編入してきた本当の理由は、両親が出逢った学校に通いたかっただなんて親想いな理由などではなく、ひとえに此処が元男子校だったからだ。
現在進行形で男子校だったなら言うことなしだったが、共学になったといえど女子生徒数が極少の現状ではさしたる問題でもない。

ゲイ趣味を指摘され、ショックを受けている俺を腕を組みながらまるで勝ち誇ったように見下ろす静雄くんがにやりと憎たらしい笑みを浮かべる。


「ま、これで俺もお前も秘密をもつ似た者同士ってことだ。分かったら、俺のことを学校にバラそうとか余計なこと考えんなよ」
「………似た者同士?違うよ、全然違う」


そうだ。確かに俺にも秘密があって、俺の眼前でまるでヒーローショーの悪役のような悪どい笑顔を浮かべている彼にもどでかい秘密がある。
でも問題は秘密の有無じゃなくて、その内容だ。
そう、俺と彼には決定的な差がある。


「言っておくけど、同姓愛は犯罪じゃないよ。君が俺の秘密を誰かにバラしたところで、俺は退学になったりなんてしないけど…君は違うんじゃない?」
「……どういう意味だ」
「女装趣味の変態男が、性別を偽って学校に通っているだなんてバレたら大変だ。下手したら退学どころじゃなくて警察沙汰かもしれないね」
「…俺のことを学校にバラすつもりか?」
「だって、みすみすこんな変態を見逃すなんて善良な一生徒である俺には出来ないよ。君を野放しにすれば、女の子であることを武器にしてどんな変態行為に及ぶか分かったものじゃないからね」


嘘だ。ぺらぺらと俺の口を突いて出て来る言葉の数々は全て嘘だった。
この女装野郎が一体どんな理由でこんな格好をして学校に通っているのかなんて理由は1ミリだって気にならないし、まさか本当に趣味で女装しているなんてことは無いだろうが、女子生徒に扮して更衣室で生写真を盗撮しようが、生着替えに興奮しようが、心底どうでも良かった。
俺にとって重要なのは、コイツより優位な立場に立つこと。それだけだ。
お前より俺のほうが条件的に有利なのだということを思い知らせさえすれば、今後何かあったとしても俺の秘密をバラそうなんて気はきっと起きないだろう。


「…そうか。お前が思ってたより頭の悪い奴で残念だ」
「え?」


雄弁に語る俺を静かな瞳でじっと見つめていた静雄くんが、小さな声でそう呟く。
言葉の意味が分からず思わず聞き返した俺を余所に、静雄くんはいきなり自らが履いているスカートの裾を思いきり引き裂いた。


「えっ!?」


な、何してんの君!
慌てて声をかけるが、俺の呼びかけなどまるで聞こえていないように静雄くんはスカートを引き裂き続け、かなり際どいところまで破けた裾から細い太ももがチラチラと覗く。
思う存分スカートを破り終えた静雄くんは、次にブレザーを脱ぎ、すうと大きく息を吸うと、


「きゃあああー!助けてー!」


叫んだ。甲高い作り声で、思いの丈をぶつけるように絶叫した。
全くもって彼の意図が分からない俺は、わたわたと慌てながら、ちょ、きみ、何して、と意味を成さない途切れ途切れの台詞を吐くことしか出来ない。


「さっきの悲鳴を聞きつけた誰かが、すぐに此処までやって来るぞ」
「え?え?」
「乱れきった格好で涙を浮かべながら震えている俺と、その傍らに立っているお前。ここにやって来た奴らの目にはその光景がどんな風に映るだろうなあ?」
「ま、まさか…!」
「良かったな、折原臨也くん。編入初日にして、嬉し恥ずかし強姦魔デビューだ」


してやったりな笑顔を浮かべている静雄くんは、そう言っている間にも自らのシャツのボタンを引きちぎり、着々と強姦されかけた女子の姿を作り上げていく。


「そんなっ…無茶苦茶だ!誰が信じるんだよ、そんなこと!」
「信じるさ。俺が泣きながら『私は嫌だって言ったのに折原くんが無理矢理…!』とでも言えば、誰だって俺の言い分を信じる」
「こういった時に有利なのは、間違いなく女性のほうですよ、折原さん」
「でもコイツ男じゃん!」


ひとしきり制服を乱し終え、床に崩れ落ち早速可哀想な女子生徒の演技を始める静雄くんの傍らにしゃがみ込み、彼を庇うように抱きしめる帝人くんの役割は、襲われている途中に偶然通りかかった男子生徒Aといったところか。
この2人の関係性は定かではないが、やはり帝人くんは静雄くんの味方らしい。


「さあ、どうする折原?このままじゃお前は間違いなく編入初日にして強姦魔という最悪のレッテルを張られて退学処分だ」
「うっ…!」


耳を澄ますと、遠くから慌てたように此方へと駆けてくるカツカツという靴音が聞こえる。
此処に人がやって来てこの惨状を目撃されるのも、最早時間の問題だろう。


「それが嫌なら…どうすりゃいいか分かるよな?」


実にいい笑顔を浮かべる静雄くんの問いかけに対する、俺に残された選択肢は一つしかない。
いや、選択肢なんてきっと最初から用意されていなかったのだ。
ぐっと唇を噛み、小さくこくりと頷いた俺を見て静雄くんは満足げに微笑むと素早く立ちあがり、俺に向け右手を差し出した。


「これで俺とお前は秘密の共有者だ。…よろしくな、臨也」


こうして俺の受難の日々が始まったのだった。









正直すまんかった。







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