※日々デリ 俺はプログラムだ。 人格なんて無い。自我も無い。名前は元から決まっていた。俺は生まれたその時から俺だった。 目覚めたその瞬間に初めて視界に入ってきた男が、俺を作った人間、俺のマスターだった。 折原臨也と名乗ったその男から、俺のモデルになったらしい平和島静雄という人間の話を聞かされた。 そしてマスターがその男を好いている、ということも。 その瞬間、俺の役割は決まった。 マスターが望めば、平和島静雄と同じ顔同じ声で甘い言葉を囁いてやる。 マスターが望めば、画面の前で股を開き平和島静雄と同じ身体でオナニーショーを披露してやる。 俺は所詮プログラムだから、機械の外へ出ることは出来ない。 それでもマスターは俺を眺めている間、厭らしく口端を歪め満足そうな顔をしていた。 コイツも大概歪んでるなと思いはするが、俺は俺としての役割を果たすことが全てで、マスターの性癖になど気を回す必要も無いし正直興味も無かった。 そんな習慣が続いたせいで、俺の身体は常に性的快感を求めるようになっていった。 オナニーだけじゃ物足りない。自分で触るんじゃない、誰かに触ってもらいたい。 そんなことを零すと、マスターはすぐに新たなプログラムを組んでくれた。 そのためだけに作られ用意されたプログラムに犯される俺を眺めている間も尚、マスターは酷く幸せそうだった。 それからの俺はもう性の虜となってしまった。 突っ込まれたくなればマスターが相手の男を用意してくれる。突っ込みたくなれば女を用意してくれる。 相手の性別も趣向も外見もプログラムの組み方次第で自由自在。ああ、素晴らしきかな電脳世界。 毎日毎晩性行為に明け暮れる俺をマスターは咎めはしなかった。 ただ以前のように面白そうな顔で俺を眺める事は無くなった。 一度だけ「デリックは本当に淫乱だね」と言われたことがあったが。 「淫乱」という言葉の意味は知っていたし、それが俺に対する蔑みの言葉であることも分かっていたが残念なことに俺にはそれを「悲しい」と感じる心が無い。嘲笑されたことに傷付く神経も持ち合わせていない。 マスターが何を言おうと何を思おうと、俺にとってはどうでもいいことだ。 俺は所詮プログラムで、生きるも死ぬもマスター次第。 マスターが飽きれば俺を消せばいいし、プログラムを組み直しまた新しい俺を作りたいのなら、そうすればいい。 ただ、そうなるまでは俺は俺で好きにやらせてもらう。 「遅かったですね、デリック」 この素晴らしい電脳世界に不満があるとすれば、ただひとつ。 俺と同じ部屋、つまり機械的に見れば同じフォルダにまとめられている、もう一つのプログラム。 日々也と名付けられたそいつは何故かマスターと同じ顔をしていて、あの人が何を思ってコイツを作ったのかは知らないが俺にとっては正直かなり煩わしい存在だ。 今日も今日とてマスターが用意したプログラムとセックスをして帰ってきた俺を、少し不機嫌そうな顔で迎える日々也。 こいつが一体何様のつもりでいつも俺に説教を垂れるのか理解出来ない。 イライラする気持ちをぶつけるのも面倒で、「テメエには関係ねえだろ」とだけ吐き捨てて自分の部屋へと向かう。 「確かに関係は無いですけど…心配、ですから」 「は?」 しまった。無視すれば良かったのに、聞き慣れぬ単語につい反応してしまった。 真っ直ぐ俺を見つめる日々也と目が合う。 「もっと自分を大切にして下さい。自暴自棄になっている貴方を見るのは…俺が辛いです」 眉尻を少し下げてまるで泣きそうな顔で日々也が微笑む。 その表情と言葉に、俺の心中に降り積もっていくのは確かな怒り。 自分を大切にする、だなんて何を言ってるんだコイツは。俺はただのプログラムで、大事にする対象なんて何も持ち合わせていない。 人格も、自我も、顔も、声も、全てはマスターの手によって作られたものだ。 全てが0と1で構成されたこのプログラムの世界で、全てが嘘偽りで形作られたこの身体の一体何を大事にしろと言うんだ。 俺もお前も所詮はただのプログラムだ。自分がいつ消されるかも分からないこの世界で、一生懸命足掻きながら生きることのほうが馬鹿らしいってものだろう。 俺は自分の分もわきまえず、ご大層にそんな馬鹿げた戯言を言うお前のような奴が心底大嫌いだ。吐き気がする。 腹がたって仕方がないのに、初めて他者から与えられた思いやりに包まれた日々也の言葉が、脳髄に染み渡る。 今までの自分を全て否定されたかのような、まるで頭をガツンと殴られたかのような、そんな衝撃に目眩がする。 知りたくなかった。知らないほうが幸せだったんだ、優しさなんて。 希望も何も無いこの世界で、そんなものはただ邪魔な感情にしか成り得ないというのに。 「泣かないで、笑って下さいデリック。貴方の悲しそうな顔を見るのも、俺は辛いです」 笑みを浮かべる日々也の顔が歪む。 ああ、いやだ。だから、嫌いだお前なんて。だから、関わりたくないんだお前とは。 堰を切ったように頬を流れる熱い雫の意味も、それを優しく拭う両手の温かさも、知らないままでいたかったのに。 |
BGM:三谷朋世 |